87.うな丼

第二部 人造人間編

第三章 目的

87 うな丼

 鰻。
 蒲焼にして食べるほかに白焼きという食べ方もあるが、刺身では食べない。
 なぜか。
 毒があるからだ。
 血と粘膜がそうらしく、「それ目に入ったら失明するよ」そう言ったのはロリコンサジェスだったな。

 さて、目の前にあるバケツにはおおよそ20匹くらいの鰻がひしめいている。

 毒がある? だからなんだと言うのだ。
 私には高性能なゴム手袋がある。そして手にはよく切れる包丁。

 やれるなら やるしかないだろ ホトトギス。

 美味しい蒲焼は待っていても出てこない。

「サーヤさん、ですよね? ……なにをしているんですか?」

 聞き慣れた声がして顔を上げると、クリリンさんと悟飯さんが顔を引きつらせ立っていた。

「鰻を捌いているんです」

 髪を三角巾でまとめ、マスクをし、腕までの手袋は黒く、エプロンは長い。おまけに足は長靴だ。
 それで鰻を捌いている姿は差し詰め加工場で働くパートのおばさんといえよう。

「お、お見舞いにきたんだけど……元気そうだね……」
「あ、塩辛わざわざ届けていただいてありがとうございました」
「え? ああー、大丈夫だった? 食えた?」

 乾いた笑いを浮かべるクリリンさんに頷いて、再度私は包丁を滑らせた。
 一度はじめてしまった以上、すべて捌かないと終われない。
 二人にそう話しながら私は新しい鰻をまな板に打ちつけた。

 パンチーさんのお願いである料理、つまり昼食になったのだが。
 それを作るために覗いた食料庫で鰻に出会うとは思わなかった。
 この鰻たちは全部ゼリー寄せになる運命だったらしい。

 ゼリーで寄せるぐらいなら蒲焼で食べたい!

 そんな本音は隠しつつ使ってもいいという許可を頂いたので冒頭にさかのぼる。
 ざくざくすーっと捌き終わった鰻は今串を打たれている。
 その鰻を一度蒸し、タレに浸して炭火で焼き上げれば蒲焼の完成だ。
 お客様を放置しているわけにも行かず、ちょいちょい話し、時には手伝って貰いながら鰻を焼き始めると二人の表情が緩んだ。

「すげーうまそうなにおい」
「鰻って煮て食べるだけかと思ってました」

 ふぉっふぉふぉふぉ。
 せっかくお見舞いに来て手伝ってくれたので食べさせることにした私はニヤニヤ笑った。
 この匂いは吸引力すごいからな。なんせアルカトランの住人が取り囲むぐらいだったからね!
 これをご飯に乗っけて食べる至福たるや……あっよだれが。
 欲求に忠実な私のお腹はぐうぐう鳴り、恥ずかしい思いをしながら鰻を焼く羽目になってしまった。

「鰻って揚げたやつしか食ったことねぇや」

 クリリンさんはそういって茶色いタレに浸されたかけらを口に入れるとすぐさまご飯をかきこんだ。

 から揚げか? 悟飯さんも煮て食べるって言ってたけど美味しいんだろうか?
 食べてみたいけれど、蒲焼の味は日本人の魂だからな。
 何度食べても食べたくなるのはこっちなんだろうなと思いながら、出来上がったうな丼に箸をつける。

「おいしいですね。うな丼!」

 積極的に手伝ってくれた悟飯さんはニコニコしながら5杯目のうな丼を食べている。
 ちなみにクリリンさんは3杯目。
 他の料理もある手前、それだけしか食べていないわけではないがやっぱりよく食べる。
 そして奥でがつがつ箸を鳴らしているのは――

「おい、次だ。さっさとしやがれ」

 まさかのベジータさんである。
 この人がダイニングに入ってきたとき心臓が止まるかと思った。

 殴りこみかと震えたくらいだ。
 しかし、それは杞憂に終わり、王子様は庶民の食べ物を所望された。

 うな丼の匂いは来て欲しくない人まで引き寄せてしまったらしい。
 なんてこったい。
 あなたが食べるほどの量はない。

 そういいたいけれど、体は自然と次のうな丼を作りに動いた。

「ごっそーさん。サーヤちゃんって変わった料理作るけど、大体うまいな」

 クリリンさんは満足そうに息を吐いてソファーにもたれた。
 その横で悟飯さんは機嫌がよさそうに口角が上がっている。

「あんなにきれいに捌けるんですね。僕、おどろきました」
「格好は恐いけどな!」

 ほっとけ。完全防備じゃないと肌が荒れるだろうが。

 仲がよさそうな二人の掛け合いに内心突っ込みを入れながらテーブルを拭いていたら、低めの声がかけられた。

「おい」

 顔を上げるとまたもや眉間に深く皺を刻んだ目に睨まれた。
 とっさに体が反応し、意図せず取った体勢は直立不動である。

 ……なんだか上司に怒られようとしている部下っぽくない?
 頭では軽く考えていても体は冷えた。素直な体だ。

「これで終わったと思うなよ」

 ギッと睨んで吐き捨てられた。

 ひいい!?
 何が!? 意味がさっぱりわからない!

 困惑していると、返事など必要ないと言わんばかりにのしのしと歩いていってしまった。
 昨日も意味がわからなかったが、謎は更に深まってしまった。

 これで終わっていないということは続きがあるんだろうか……。
 え? 私出会うたびに脅かされなくちゃいけないの?
 ―――超恐い。

 トランクスさん、早く帰ってきて。そして私に知恵を授けていただきたい。

 私は青くなりながら脱力すると他の二人を見た。
 そして様子に驚いた。

 悟飯さんが立ち上がって身を乗り出し、顔を険しくしながらベジータさんの消えた先をじっと睨んでいたのだ。
 普段では考えられないほど眼光が鋭く、すこし恐かった。

「ベジータにガンつけられてたな。なんかしたの? ……するわけないか。……悟飯、座れって」
「……はい」

 すとんと元の位置に座り、悟飯さんは頭を軽く振った。
 隣のクリリンさんはそんな悟飯さんを気にせず、ばしっと悟飯さんの肩をたたく。

「そういえばナメック星に行ったから、もう未来に帰るまでフリーなんだろ? よかったら悟飯と遊びに行かないか?」
「えっ僕!?」
「ごめんなさい」
「即答!?」

 午後は予定が入っている。
 そして私はこれ以上悟飯さんと仲良くなるつもりはない。

 両手を合わせて謝っていると、後方から聞き慣れた声が聞こえた。

「すごくいい匂いがする……」
「ト、トランクスさん!」

 髪が長くなったトランクスさんだ。
 疲れているのかちょっとふらふらついている。

 ……思わず駆け寄ってしまったが、後にしよう。
 いるならそれだけで身の安全はほぼ確保されたようなものだ。

「どうしたんですか? なにかあった?」

 少しばかり表情が強張ったトランクスさんになんでもないと返し、ごまかした。

「なにか食べますか? ちょうどお昼食べ終わったところなんですけど」

 あるなら食べたいとおっしゃるので準備することにした。

「……もう出てきたのか? ちょっと早くない?」
「これでも遅くなったんですけど」

 ちょと眉間に皺を寄せているクリリンさんの反応が気になるんだが、トランクスさんはまるで気にしていないようにそのままどかっとソファーに座り込むと、部屋のことを話し始めた。

「悟空さんやピッコロさんも付き合ってくれたんですが、ピッコロさんの修行がきつくて……」
「ああ、容赦ないですよね。ピッコロさん」

 悟飯さんがうんうんと頷いている。
 師弟コンビが師匠のことを話し合っている……。貴重だ……。

 話の内容からして順調に鍛えて貰っているようだ。よきかなよきかな。

 話に耳を傾けながら、〈かばん〉からお弁当が入っているタッパーを取り出し蓋を開ける。
 お弁当は過去で作ってきたものだ。精神と時の部屋では特に食べなかったから作ったものがそのまま残っている。
 二年前のものだけど、目の前のものは今しがた作ったように艶やかだ。
 それに付け足すようにいくつか手早く作ると、それらをトランクスさんの前にコトンと音を立てて皿を置いた。

「あれ? ベジータが全部食べたんじゃなかったのか? うな丼」

 残り1つの時点で取っておいていたのだ。1つしか残らなかったのは想定外だったのだが。

「せっかくなので取って置いたほうが良いかなって。たぶん好きな味だと思ったので」
「ありがとうございます」
「おいしかったですよ」

 師弟コンビがニコニコと笑いあっている隣でクリリンさんが腕を組んで目を瞑る。

 トランクスさんは食べたら険しい顔になったので、やっぱり好きな味だったようだ。
 機嫌取りのために取っておいた甲斐があったというものだ。
 午後の予定はトランクスさんに許可を得ないと眼鏡取られちゃうからね!

「あの、午後ですけどパンチーさんとお出かけする予定なんですが……」

 いいかな?

 セルが武道大会を開く。――そう全世界に発信した日から、地球人は絶望して何にもしなくなった人が多くなったらしい。でもミスターサタンがセルゲームに参加表明したおかげで地球人は働くようになり、町は夜でも明るくなった。
 テレビはセルとサタン特集しかやってないけど。

「あ、そうだったのか。タイミング悪かったなー悟飯」
「ぼ、僕は別に……」
「……どこに行くんですか?」

 トランクスさんはほっぺに米粒をつけながら眉間に皺を刻んだ。

「髪を切ろうと思って。美容室までです!」

 切って、買い物したらすぐに帰ってくるよ!
 他にどこにも行かないし、そもそもパンチーさんと一緒だし!

 そう説得しようとしたら、その場にいる2人が驚きの声をあげた。

「そのままで良いじゃん! 今みたいに結ってるほうがかわいいって!!」

 え、そうかな? ただ頭の上でひとつに結ってるだけなんだけど。

 精神と時の部屋に入る前は肩につく位で切ってたけど、部屋の中では鋏が重くて断念してたんだよね。
 そしたら尻位の長さになってしまった。
 櫛を通すのも苦労するし、洗うのも容易ではない。つまり、めんどくさい。

 おまけに黒髪でここまで長いと、大体朝は貞子になっている。

「せっかく髪長いのにもったいないとオレは思うけどなー」

 クリリンさんが言うと、なぜだろう。もったいないって気がしてくる……。

「ぼ、僕は……ど、どっちでも。長いのも、に、似合ってると……思います」
「いいんじゃないですか? 俺もまた切って貰わないと」

 悩んでいたらパンチーさんが飼っている黒猫を引き連れて食器を下げに来た。
 パンチーさんは研究所に篭りきりになってしまった親子に給仕しつつ自分も食べてきたようで、うな丼を絶賛してくれた。
 それは良かったのだが、問題はその後だ。

「やっぱり髪が長いならこういうの似合うと思うの!」

 パンチーさんは某りんごのマークがついている端末のような機械を取り出し「これを買いに行きましょう!」と突き出した。
 電子カタログのように画面いっぱいに映されていたのは、ピンク色を基調にしたフリルやリボンがついているワンピース。……お姫様が着るようなふりっふりの服だった。

「ブルマさんは着てくれなかったの~。ねえ似合うと思わない?」
「う、うーん……確かにブルマさんは着なさそうだなあ……」
「こんな服あるんですね。見たことないや」

 クリリンさんは明言せず、悟飯さんは感心し、トランクスさんは無言で見ているだけ。
 私は無表情を貫こうとしたができたかどうかわからない。

 確かにいえることはひとつだ。
 髪切ろう。

 私はカタログを嬉々として見せてくるパンチーさんに「髪切るから似合わないと思います……」と言って横切った黒猫を撫でた。


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