88.三半規管

第二部 人造人間編

第三章 目的

88 三半規管

「中心部まで空道スカイロードが通っているので一旦そこまで行きます。降りた先の商業ビルの中にあるジムにいるようなので歩きますけど、そんなに遠くないですから」
「……はい」

 約束の日の午前中、私たちは〈中の都〉に向かった。

 エアカーで。

 都の中を飛ぶと目立つし、郊外まで行って歩くとなると時間もかかる。
 そうなると私の体力が持たないので途中まで飛んで、エアカーに乗るということになったのだ。

 ……私は乗りたくないと言ったんだ。どうしても乗るなら普通の、地面を走る車がいいと訴えたが「エアカーのほうが早いので」と言われた。
 ならトランクスさんが都に着いたら瞬間移動すると提案したが「二人で出かけてるのにわざわざそんなことしてたら怪しまれるでしょ」と却下された。
「なにか方法があるはずだ!」と声を荒げても、「はいはい」とエアカーに詰め込まれ今に至る。

「……大丈夫ですか?」
「……はあ……」

 風除けくらいしかついていないいわゆるスポーツカータイプのエアカーの助手席に私は乗っている。
 いい車なんだろう。いわゆるエンジンが震えるような振動はなく、すーっと進む。浮遊感とともに。
 酔わないわけがないでしょ。

 ――叫びたい。
 土から離れては生きられないのよ!

 名台詞を連想してみたが気はまぎれない。
 おかしい。最初に乗ったエアワゴンはそんなに浮遊感とか感じなかったのに。
 大きいから安定していたんだろうか。

 ……まあ、エアバイクよりはマシだからいいけど。

 私は目的地に着くまで座席にもたれ死んだように沈黙していた。
 その実、何度も心の中で「エアバイクよりマシ」と呟き、耐えていた。

 乗り物酔いってさ。
 降りると回復するよね。
 胃は気持ち悪いけど歩いていると落ち着くもんだ。

 特に降りた先に気になるものがあった場合、なおさら早く立ち直る気がする。

「トランクスさん。あれってもしかしてコンビニですか?」

 前世で見た商店街にそっくりな場所……!
 きょろきょろとあたりを見回しながら進むが、気になるものが多すぎる!

「そうですけど、行き先はこっちです」

 呆れた声が聞こえたけれど、目の前に理想があると近付きたくなる。
 コンビニだよ? 肉まんとか売ってるんだろうか!

「すごい。お店がいっぱいありますね。服屋さん? あ! 雑貨屋さん!」
「後で寄ってあげますから」

 本当!?と返すはずだった言葉は向こう側に見えたハンバーガーの看板に塗り替えられた。

「ハンバーガー!?」
「いい加減にしないと眼鏡取りますよ」

 そういわれると口をつむぐしかない。

 眼鏡を質にすれば言うことを聞くと思っていないかね。
 確かにその通りだが、それは脅迫ではないのか? 良くないことだと思うのだが?

 ちょっと気分が高揚したのに下がってしまった。
 おとなしくトランクスさんについて行くと、大きなビルの前で歩みが止まった。

「確かここです。この最上階でトレーニングをして、その後テレビの取材のために移動するはず。後30分くらいかな」

 調べてくると言ったトランクスさんは本当に調べ上げてきた。住所から家族構成、今日の予定まですべて。
 どうやって調べたんだろうと方法を聞いたら当然のことのように「普通に調べたらわかりました」と言った。
 その普通って何だ。普通の定義がわからない。
 そしてその情報はすべてトランクスさんの頭の中に入っている。
 頭の出来がまるで違う。
 尊敬を通り越して呆れた。

「最上階はただいま立ち入り禁止です。11時半より開放しますのでご協力お願いしますー」

 最上階の手前で従業員に阻まれてしまった。
 押し戻された人々は一階を目指して降りていく。エレベーターでもエスカレーターでもそれは同じようだ。
 そんな人たちの中にはプラカードを持っている人もいる。もしかしてこの人たちみんな出待ちか?
 これだけ人がいるとなると、ミスターサタンの気はわかりにくいかもしれないな……。
 トランクスさんに伝えると、悩むような顔を返された。

「次の取材はテレビ局なんですよね……ちょっと中までは入れるか……」

 それは無理だ。さすがに部外者入れてくれないよね?

 とりあえず気配がわからなかったら次の手を考えよう。
 そのままそこで待つことになった。

 すごい人だなーと思いつつ背伸びして向こう側を見るが……見えない。
 仕方がないのでばれないようにちょっとだけ浮いて出入り口を確認すると、警備員が忙しそうに道を作っているのがわかった。

 その道は細く、接触できそうなくらい。……問題はどうやってそこまで行くかだ。
 精神と時の部屋に入る前であればぎりぎり迷子のフリして前にいけたかもしれないが、大きくなってしまった今では通用しないだろう。そんなことをしたらこの一帯のファンに締め出されるのではないか? それは避けたい。

 相談してみよう。
 私は隣にいるトランクスさんのほうを向いた。――が、声をかけることはできなかった。
 むしろ目を見張った。

「私たちもミスターサタンのファンでー」
「はあ」

 なんか……女の人に絡まれている。
 これは世に言う逆ナンと呼ばれるものではないだろうか。
 思わず目を皿のようにしてみてしまった。

「そういうの困るので……」
「じゃあ~連絡先だけでも――」

 実際ナンパを見たのは初めてだ。
 お茶に誘い連絡先を聞き、断られてもめげない肩を露出したギャル系の二人組はさながら肉食獣。

 二人に言いたい。
 一応、隣に私もいるのですが。

 そりゃあ平凡以下な私がイケメンなトランクスさんの隣にいても他人にしか見えないだろうけれど、視界には入ってるよね?
 視線を寄こしもしないのは黙ってろってことなの?

 そんな虎より怖いギャルに言い寄られ、トランクスさんはたじたじだ。
 対応に困ってちらちら私を見てくる。

 ……他人の振りをしたい。

 素直な感想はそれだがそうも言ってられない。
 目的はミスターサタンなのだ。
 しょうがないから助けてあげようと思うのだが、経験がないのでなにも思いつかない。

 悩んでいると肉食獣のうち一匹が、とうとう腕を絡ませるという強引な手段に出てきた。
 紳士なトランクスさんは振りほどくこともできそうにない。
 やさしいのも考え物だなと思いつつ考えをめぐらせると、不意にCCで言われた言葉が頭に浮かんだ。
 ずいぶん昔に言われたような気がする、ブリーフ博士の言葉だった。

 私は深く息を吐くと意を決して話しかけた。

「お兄ちゃん! 何ナンパされてるの!?」

 私は肉食獣とは別の腕を取って睨んだ。

「ちょっと! いい加減にしなさいよ!? お兄ちゃんと買い物に来たんだから邪魔しないで!」

 言ってて心底気色悪いなと思いながら自分のほうに引き寄せる。
 するとあっけなく肉食獣から逃れることができた。
 興味は逸れたようだ。

 トランクスさんは抵抗しなかったため、そのまま数メートル離れたところまで筋肉に包まれた硬い腕を引っ張っていく。

「サ…サーヤ、あの……」

 どもった声に立ち止まり顔を上げるが、同時に歓声が沸き起こり、そちらに視線が向かう。

 ミスターサタンがでてきたらしい!
 予想よりも早い時間に出てきたため、浮いて確認すると、テレビで見たはっちゃけたアフロが手を振りながら歩いている。

 笑いそうになるのを両手で押さえながら気配を探るがいまいちピンとこない。
 たぶん合っているとは思うけど、警備員とかが近すぎて混同する。
 ミスターサタン警備員と同じくらいの気の量なんだもん。
 これはもう少し観察しないと確定できないな……。

 ミスターサタンが車に乗り込むのを見届けた後、追いかけようと声をかけるために振り向けば、トランクスさんはまたナンパされていた。
 今度はお嬢様系の三人組だ。

 おおい。
 さっきの今だぞ? 合わせて5人も釣るのかよ。冗談きついぜ……。

「お兄ちゃん! 目を離すとすぐこうなんだから! 一緒に買い物するって言ってるでしょー!!」

 半ばヤケクソになりつつ引っ張り、そのまま歩き出す。
 そして人通りが少なそうな路地に入ってから私はトランクスさんを見上げた。
 珍しく眉が若干下がり気味だ。

「自分で断れるようにならないと、未来でも苦労しますよ……」

 自然にため息がでたのはしょうがないことだと思う。

「す、すみません……断ったんですけど……」

 珍しく声が弱弱しい。

 ……今までそんな状態になったことないだろうというのは想像できる。
 挙動不審になるのもまあしょうがない。
 しかし、あなたはCCの跡取りなのだよ。
 声かけてくる人をあしらえる方法を身につけたほうがいいんじゃないかな。

 平和になったら大変だろう。顔もよくて紳士的だったらもてるのは当たり前。
 世の女性たちが放っておくはずがない。それこそ死体に群がるハゲワシのように女共に食われてしまうのではないか?

「強くはっきり言わないとダメです。私をおどした時みたいにすごめば効果的だと思います」
「脅……そ、そんなことできませんよ……」
「はあ? ……」

 お前がそんなこと言うのか?
 出会ってすぐに凶器で脅し、大人しくしてないと眼鏡取るぞって言ったのは誰だよ。

 それともあれか? かわいい女の子相手だとおとなしくなるのか? ええ?
 トーガみたいに足元掬われるぞ。

 そう思ったら口が止まった。
 平和になったらどれだけ大変か教えてあげようかと思ったけど、やーめた。

「まあいいです。でも次は助けませんからね。……ミスターサタンの気配、いまいちはっきりわからなかったのでダメ元でテレビ局に行きましょう」
「え、は、はい」

 別に平和になったら好きなようにすればいいんじゃないかな。
 断じて私に対してと女性たちへの態度の差が面白くなかったからではない。
 男の子って皆そんなものかとイラッと来たわけでもない。
 トランクスさんと誰がくっつこうが私には全く関係ないことだなと思っただけである。

 そのまま二人でテレビ局に行ったが、門前払いされてしまった。
 テレビ局の前も人だかりができていたからだ。
 まだセルも倒していないというのにこの調子じゃ、倒した後なんてもっとひどくなるのではないだろうか。
 なんとしてでも今日覚えておきたい。

「……どうしますか? 取材は1時間ほど、その後は違うジムを転々とするらしいですがその度にこうだと……」
「最悪、家まで行くしかないですね」
「家ですか。夜までは予定が詰まっていて、帰るのはずいぶん遅くなりますよ」

 ふむ、困ったな。それで行くと忍び込まないと覚えられないのではなかろうか。
 ……不法侵入はまだやったことないんだよな……。

「先に他の家族の気を覚えますか? サタン合わせて三人家族なので解りやすいと思います。使用人は休みを取らせているみたいでいないし」

 家族三人か。他にいないならできるかな。

「忍び込めるでしょうか。やったことないんですけど」
「えっ!? そんなことしなくても、外から二人を覚えたら残り一人で検討がつくのでは? それならサタンが帰ってきたときにでも確認すれば覚えられますよね」
「あ、なるほどー」

 確かにそれがよさそうだ。

「自宅に行ってみましょう。たぶんいると思います。学校は休みらしいし、奥さんは家にいるようなので」

 はあ、とため息をつきながら呆れたように言うトランクスさんに、私は頷いた。


◆用語説明◆
「土から離れては生きられないのよ!」……天空の城でヒロインが言ったであろうセリフ。

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