95.古参

第二部 人造人間編

第四章 越える線

95 古参

 どこから話せばいいのか。どこまで話せるのか。
 記憶を掘り起こし、考えながら慎重に言葉を選ぶ。

「……その言い方じゃあまるで……生き返るみたいじゃないか」

 クリリンさんが呆然としながらつぶやいた。
 私は頷いた。

「……悟空さんが生き返らなければ地球はおろか宇宙が滅びてしまうと思います……」
「宇宙って……信じられない話だぜ」

 腕を組んで訝しげな視線を寄越してくるのはヤムチャさんだ。
 信じてくれないならそれでもいい。
 いや、むしろその方がいいのではないだろうか。
 このまま全然違う話にしてしまえば――。
 一瞬だけそんな考えが過ぎったけれど、隣をちらりと見てやめた。
 誤魔化せば、未来に帰った時トランクスさんの信用を失う。
 それは良くない。
 私は話を続けた。

「……ヤムチャさんはもう戦いませんよね? ならべつに……」
「えっ!? そ、そんなことはないぞ!?」
「じゃあ、お父さんが生き返るまで修行してればいいんですね!」

 ギクリとしたような風のヤムチャさんを後ろに、悟飯さんが真摯な顔をして身を乗り出してくる。
 私は首を振って否定した。

「10年くらいありますから、ほどほどにして悟飯さんは勉強したほうがいいです。学者さんになりたいんでしょう?」
「あれ? 僕いいましたっけ?」

 答えに言いよどむと、はっとしたような表情で返される。

 魔人ブウがよみがえり、その際地球が滅びてしまうがナメック星のドラゴンボールで元に戻ること。
 悟空さんでなければブウを倒せないこと。
 倒すためにはあの世で修行しなければならないこと。

 以上のことを大まかに話した。
 トランクスさんにさえ教えていないのだから、どこまで話すのかは私の自由だ。
 特にベジータさんについてはブルマさんがいる以上話せるわけがない。
 なのでもうすでにいない『悟空さん』について重点的に話し終えると、私はピッコロさんに向き直った。

「……これで『すべて』です」

 伝えると、目に前の人は目を細めて更に問いかけた。

「なぜお前はトランクスとは違う未来を知っている。貴様はいったい何者だ」
「私は――」

 言いかけて、言葉が続かなかった。
 続けられるわけがない。
 何故『この世界』にいるのか、わからない。
 『何者か』なんて、そんなの――私が聞きたい。

「サーヤは幼いころから、この世界の悟空さんの夢を見るそうです。そうですよね」

 トランクスさんの声にはっとする。
 難しく考えすぎていたようだ。
 私は落ち着くために息を吸って長く吐いた。

「夢? ……ここには古くからの悟空を知っているやつらばかりだ。話してみろ」

 無い眉を顰めたように盛り上げたピッコロさんは淡々とした声で促してくる。
 ――ああ。思ってた通り、すべてを暴かれることになってしまった。

 印象的に残っているものだけと前置きして私は口を開いた。
 とはいっても、詳しく覚えてるところなんてフリーザ編の最後からなんだけど。

「ひええ。よく知ってるなあ! そういえばそうだったよ。俺、フリーザの尻尾気円斬で切ったっけ」

 クリリンさんが懐かしいな、と笑う。
 技の名前は覚えやすい。ただそれだけで話していたらヤムチャさんが怒りだした。

「おおい! なんで天津飯の排球拳もピッコロの魔貫光殺砲もクリリンの気円斬も知ってんのに俺の狼牙風風拳は出てこないんだよ! 俺古参だぞ!」
「す、すみません……あんまり……」
「印象が薄かったんだろう。本人と一緒で」

 ぼそっと呟いた天津飯さんに「なんだとこのカマ野郎!」とヤムチャさんが殴りかかっていく。
 技が出るたびにまさか!という顔を皆がしていく中、ヤムチャさんだけ取り残されてしまったような感じになったから、しょうがないといえばしょうがない。
 初期のころなんてほぼ覚えていないんだ。

「抜けてはいるが……ほぼ合っている」

 むう、と唸ってピッコロさんは腕を組み、ブルマさんは小さなトランクスさんをあやしながら拗ねたように口を尖らせた。

「アンタがただ黙ってたってわけじゃないのはわかったけどさあ。いい気分じゃないわ。もうちょっとやり方あったんじゃないの」

 ブルマさんはずいぶんはっきりものを言ってくれる。
 私は特に言い訳せず、謝ることにした。

「ごめんなさい」
「サーヤさん……」

 しゃがみこんだ悟飯さんが心配しているかのような視線を投げかけてくる。

「もういいよ。ピッコロも、ブルマさんも、悟飯も。もういいだろ? 別に悪いことしてたわけじゃない。こいつらはこいつらなりにどっちも救おうと考えてたじゃないか。それで平和になったんだから俺らはそれで構わないだろ? 悟空だってそう言うはずだ。それに……こいつらは未来に帰ってからも戦わなきゃならない」

 クリリンさんは一度天を見上げ、しょうがねーよなーという風に眉を下げて笑った。

「納得はできないが、気持ちはわかる気がする。お前は目の前の救いよりも恒久の平和を望んだのだな」

 天津飯さんにとても高尚な言い方をされたが、到底頷けない。
 そんなつもりは無かった。

「お前らはあれだな。馬鹿だ。自分の世界救うために来たんだろ? それなのにどっちもってのは無理があんだよ。俺らにとって見れば、お前らが来たことがラッキーだったっていうのに」

 ヤムチャさんが半目でそんなことを言うものだから、ちょっと泣きそうになった。

「そう言って貰えると、少し気が楽になります」

 トランクスさんも同じようだ。
 私はもう一度、深々と頭を下げた。

「僕は理由がわかったので、納得できましたけど……お母さんは……」

 頭を下げたまま私の目は極限まで開いた。
 ぶわっと湧き上がったのは途方もない罪悪感だ。
 最初に出会った時の会話から、キスシーンを経て最後の団欒まで頭の中はチチさんで一杯になった。

 ――そうだ。
 お願いしなければならないことがあったのだ。
 私はその場にいる人たちに頭を下げた。

「あの、チチさんには私が話したことをなにも言わないでください。せめて来年まで、絶対に誰も言わないでください」

「サーヤ?」とトランクスさんが私の顔を覗き込む。
 それに構わず「お願いします」とまた頭を下げた。

「おいおい、ちゃんと教えてやんないと、自分の旦那に関することなんだから」

 見るとヤムチャさんが腰に手を当てながらむっとした表情で言う。

「だ、ダメなんですよ! ただでさえ亡くなって悲しむのに、見殺しにしなきゃならなかった上に10年会えないなんて追い討ちをかけたら」
「どういうことだ。まさか言い逃れようと」

 いぶかしげな視線を向けていたピッコロさんが声を低くした。

「違、違います! ショックが大きすぎていなくなってしまうかもしれないんです!」
「いなくなる?」
「赤ちゃんです! いるはずなんです! だからお願いですから言わないで下さい……!!」

 せめて安定期に入るまでは!

「え? 赤ちゃん?」

 悟飯さんのオウム返しが聞こえた後、一瞬だけ静まり、「えー!!」という絶叫に近い声が神殿を揺らした。

「ふ、二人目!?」
「えーマジかよ……悟空のやつ……」
「僕……に、兄弟ができるんですか?」

 こくこく頷きながら私は訴えた。

「トランクスさんの一つ下で生まれるはずなので、話すなら生まれてからにしてください!」
「あーそうなの? よかったねートランクスー友達できるわよー」

 流産なんかしたら自殺したくなる!
 それだけは、それだけは防がなくてはならない!

「その子も小さいトランクスさんもそうですけど、7歳くらいにはなにもしなくても超サイヤ人になれるほど強いので、いなくなってしまうと次の敵を倒すのは困難になるかと!」

 また一瞬だけ静まった後、「えー!!!」という絶叫が再度神殿を揺らした。

「ぼ、僕1年がんばったのに……!」
「な、7歳で超サイヤ人!?」
「悟空だって修行し続けて安定したって言ってたろ!? ええ?!」

 悟飯さんとトランクスさんとクリリンさんがショックを受けたように呆然としているけれど、私にいわれても困る。

「話はわかった。無事に生まれるよう、チチには気をつけておこう。……悟空の代わりにはなれんがな」
「……」

 ピッコロさんの言葉に同調するようにあたりは静かになった。
 静まった庭に風が吹く。
 もう冷たくはなかった。しかし、葉の揺れる音は寂しさを含んでいるような気がした。

「やっぱ、悟空がいないと寂しいや……」

 しんみりと肩を落としたのはクリリンさんだけではない。乾いた笑いでごまかしているヤムチャさんも同様のようだ。

 帰るという天津飯さんは最後に激励し飛んでいった。

「トランクス、今のお前なら簡単に未来の人造人間を倒せるだろうががんばれよ。……サーヤもな」
「はい!」

 トランクスさんのように元気よく返事ができなかった私は深くお辞儀をして見送った。

 そのあと何気なくトランクスさんにいつ帰るのか聞いたらすぐに帰ると返された。

「きょう一晩ぐっすり寝て、あした発とうと思ってます。……駄目ですか?」

 首を振ってそうではないと示す。

「なら、私今夜一晩どこかで過ごします」
「は?」
「なにいってんのよ。一緒に帰るわよ」

 嫌だ。
 ベジータさんがいるではないか。

「ベジータさんに会うと私の身が危険になるかと思うのでCCには……行けません」
「そんなに怖いか? ベジータ」
「殺された相手と住めるヤムチャさんは異常です。でもそれは置いておいて、いくらベジータが怖くても女の子が一人でどこで夜を明かすっていうんだ」

 クリリンさんが腕を組みながらまじめな顔で「女の子なんだから危ない。亀ハウスにきなさい」とおっしゃってくれた。
 それも身の危険を感じる。
 成長したからか武天老師様がじっと見つめてくるときがあるのだ。亀ハウスに行った時気づいた。
 私は断った。

「……もう一度聞くけど、そんなに怖いか? 別になにも言って来ないだろ? あいつ」
「サーヤの父親は父と仲が悪かったみたいなので怖がっているんですよ。同じサイヤ人でも険悪だったらしいです。ね?」

 私はぱっかりと口を開けてトランクスさんを見た。
 相手は不思議そうに首をかしげている。

 ……お前。ね? じゃねえよ……!!

「なにさらっとバラしてるんですか!?」
「え? 駄目だった? もう嘘をつく必要なんてないでしょう」

 きょとんと首を傾げる態度が憎らしい。イラっときたので叩くと、ちょうど胸らへんにあたったらしいトランクスさんは「ぐっ」と呻いて前かがみになった。

「おま、父親商人って言ってただろ! それ嘘か! サイヤ人なのかよ!」
「あ、あう……」
「今更隠してどうする!」

 だ、だって!
 クリリンさんとヤムチャさんに詰め寄られ冷や汗が流れる。

「大概にしろよ……」

 おまけに神が魔王に代わってしまいそうだったので、私はしぶしぶ口を開いた。

 父親がフリーザ軍の兵士だったということ、瀕死のときに母に助けられてそのまま暮らしていたが続けることが不可能になり脱出。
 そのときに死んでしまって子供だけで旅をしてきたことを言うと皆渋い顔をした。

「父はベジータさんを嫌っていてですね……相手もそうだと言っていたのを聞いていたので……む、娘だとばれたら……」

 ビックバンアタック放たれてしまう。

「そいつは難儀だな……でもそっか。それじゃあ嘘つかないと死んじまうなあ」

 困ったように笑うクリリンさんにうんうんと頷き返すと苦笑された。

「でもばれてないなら大丈夫じゃないか?」
「それがそうもいかないわよー。ベジータ、結構疑ってたから危ないかも。……どっから漏れるかわかんないしね」

 言う気だ。なんて従者に優しくない女王なんだ。
 やめてください! 本当に殺されてしまう! と訴えると、「いい気味よ」って鼻で笑われた。

 非道い。

 いいよいいよ。明日まで気配消してればいいんだ。
 そう思って飛んで行こうとした所を止められた。

「じゃあ、僕のお家に泊まればいいですよ」

 なんでもないような声だった。
 例えるなら友達に、泊まりにおいでよ、なんて簡単に誘うような気軽さで悟飯さんは言った。

 私はそこまで図々しくできなかったため首を振って拒否しようとした。
 しかし、

「ちまきの作り方知りたがってましたよね。お母さんも、待ってますから……」

 泣き笑いのような顔を浮かべた悟飯さんの言葉に、〈かばん〉の中の材料が動いた気配がした。


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