96.ちまき

第二部 人造人間編

第四章 越える線

96 ちまき

 ……なにも言えないというのはつらいものだ。
 悟飯さんの申し出を受けて家にお邪魔することになったとき、悟空さんが亡くなったことを伝えるとチチさんはその場に泣き崩れた。
 静かに堪えるように泣く姿に、思わず口から謝罪の言葉がこぼれた。

 ごめんなさい。

 その言葉は何度も無意識に口から出ていった。

 ぽつりぽつりと悟空さんの最後の言葉を悟飯さんが伝えるとき、とうとうチチさんはしゃくりあげて泣き出した。
 丸まった背中を悟飯さんと二人で撫でながら、悟空さんの死を悼んだ。

 しばらくそうしていた後、チチさんは顔を上げて私たち二人を抱きしめた。
 唸りながら抱きしめてくるその柔らかさに、死んでしまいたくなるほどの後ろめたさを抱えながら私は歯を食いしばった。

 泣いていいものではない。
 そんな資格などないと思いながらも涙は伝っていった。

 三人で泣いていると、「悟飯! よく帰ってきた!!」と牛魔王さんがやってきた。
 悟空さんのことを伝えると半ば叫ぶように泣き出したが、牛魔王さんは悟飯さんを抱きしめ、すぐに抱き上げた。
 そして「よく頑張ったな」と、頭を撫でた。

 + + + + + + + + + + + 

 日にさらされて笹は青々と輝いている。
 目に入る瑞々しさに、そういえば6月が間近にせまった初夏の季節だったのだと気付く。
 大きい葉をチチさんに教えて貰いながら何枚か見繕う。

「ちまきは先に具を煮ておくんだ。そんで冷ましてもち米と混ぜて蒸す。でもその間時間がかかるから、他のもやっとくべ」

 チチさんの目元は赤く痛々しい。ずっと泣いていたせいだろう。
 それでも手元は狂わない。むしろ活動的に見えて、やりきれない思いになる。

「悟飯ちゃんがんばっただろ? ご馳走つくんねばな!」

 無理やり笑っているような顔に返事をして、私たちは準備を続けた。

「包むのはな、こうやって……」

 チチさんが教えてくれる通りにくるくると具を混ぜたもち米を葉で包むが、慣れないので少し難しい。

 三角ができないなら俵もある。
 そう教えられつつ作ったちまきはザルにこんもり積み上げられている。
 それを蒸し器で蒸しあげるのだが、孫家の蒸し器は馬鹿でかかった。

 肉まんやシウマイを一気に蒸せるこの蒸し器は、悟空さんと一緒に買い物に行ったとき見つけたんだとチチさんは微笑んだ。その拍子に、ぽろっと涙がこぼれる。

「悟空さはよく服破くんだ。別の布で繕ったら怒られたこともあったな。道着だけは同じ色じゃねえと駄目だって。その色がまた近くに売ってなくてな。よく町まで一緒に買いに行ったっけ……そのついでに買ったんだ。悟飯ちゃんが生まれる前だっけかなあ……ずいぶん前だ。早いなぁ」

 チチさんはそういって涙を拭いた。

「……肉まんも作るか?」

 私はこっくり頷いて返事をした。
 作っている途中で何気なく「持って帰って弟妹に食べさせたい」と言ったら、作る量が増えた。

 双子のためなのか悟飯さんのためなのか、――悟空さんを思い出しているのか。
 チチさんは何十種類も料理を作り、その量は食卓にのりきらないぐらいだった。

「悟空さもばっかだなー。生きて帰ってくればご馳走たんまり食えたのによ!」
「お母さん……うん。きっとお父さんうらやましがってるよ」

 うんうんと頷く牛魔王さんは顔を真っ赤にしながらハンカチを目元に運んでいる。

 満漢全席さもあらんと出された夕食は圧巻だ。
 それに舌鼓を打ちながら私は笑った。

「やっぱり宇宙一おいしいと思います」

 中にはよくわからない食べ物もあった。
 辛いのも甘いのもグロテスクなものも、私のへたくそな包み方のちまきや肉まんも。
 教えてもらったとおりに包んだはずなのに、私の作ったのは一目でわかるほど寄れていた。
 それをひとつ取った悟飯さんは微笑みながら口をつけた。

「――おいしい」

 悟飯さんの横では牛魔王さんが泣いた後を誤魔化すかのように豪快に料理をかき込み、チチさんは料理を取り分けながら呆れたように微笑む。

 和やかだけれど、どことなく寂しさを漂わせながら夜の帳は降りていく。

 真っ暗な闇夜に空が変わって、試しにテレビをつけてみるとサタン特集ばかり。
 一躍時の人になったミスターサタンは、鼻高々といったふうにテレビの中に鎮座している。
 その騒がしさに嫌気がさして即消した。

「サーヤー、ちょっと、ちょっとこっち来てくれねーか」

 牛魔王さんが用事でいなくなり、悟飯さんがお風呂に入っているとき、チチさんに呼ばれた。

「これ、着てみねえか? たぶん丈はちょうどいいと思うんだ」

 行ってみると、白色に黄色い花が描かれている布――チャイナ服を持ったチチさんがニコニコとしながら立っていた。

 体に服を当てながら「少し大きいか? ……いや大丈夫そうだな」と頷くチチさんに対して私は困惑した。
 勧めてくるチチさんに逆らえもせず着てみると、袖は七分丈でスリットが膝下までの良心的なロングチャイナ服だった。

 髪を軽く団子にされて姿見の前に立つ。

 わーお。まるで別人。
 うそ、結構盛った。
 普通にかわいいと思います。服が。

「うん! 少し詰めればぴったりだな!」

 チチさんは脇の辺りをつまみながら笑った。

「若いときに着てたんだ。よかったらもらってくれねえかな」
「も、もらえませんよ!」

 こんな綺麗なもの私じゃなくてチチさんが着るべきだよ!

 チチさんは頭を振って否定すると胸に手を置いた。

「……きつくなってここ何年も着てねえんだ。まだきれいだからどうにも捨てられなくて、タンスの肥やしになっててな。助けると思って貰ってくれ!」

 物理的な問題だったか。
 ……なら、頂いておこうかな。

 頷くとチチさんはほっとしたように笑って「実は他にもあるんだ!」と数着出てきた。
 かわいい飾りボタンのものからちょっと地味なやつまで、ありがたく〈かばん〉にしまう。

 しかし、いいのだろうか。
 泊まらせて貰ったうえに服まで頂いてしまって。
 いや、駄目だろう。
 なんて厚かましい女なんだ私は。

 なにかお返しを……。
 お菓子はもうあげてしまったからな、ミルクの実とかがいいかもしれない。

 〈かばん〉の中を手をかき回して探ると、目に付いたものがあった。
 真珠を加工したネックレス。
 これだ!

「そ、そんな高価なものもらえねえ! しまえ!」
「他の星のものなんで、地球では高価かどうかはわからない代物ですが、どうか! 貰ってください!」
「に、偽物!?」
「まさか! 宝飾屋さんでは確かだと言われました!」

 いっぱい貰ったから遠慮せずに!
 押し付けると、遠慮していたチチさんもあきらめて真珠を眺めた。
 真珠が連なったネックレスは薄青の光を放つようにしっとりと輝く。

「はぁ……おめえ、一体どんな星めぐってきたんだ? 真珠にしか見えねえ」
「真珠ですよ。海しかない星で人助けしたら貰ったんです」

「ほえー」といいながらも目は真珠から離さない。
 ついでにと言わんばかりにミルクの実やオイルの実をあげたら恐縮されてしまった。

 植えれば増えるよ! 騙されたと思って庭に植えて!

 そういったらチチさんはくすっと笑って口元を手で隠した。

「なんだか詐欺師みてえだな。……しょうがねえやつだ」

 言い分がひどくて私も笑った。
 その後女二人でたわいない話をしてたら、悟飯さんの声が聞こえて話が途切れる。

「お風呂上がったよー。次はサーヤさ」

 どさっという音が直後に聞こえ、私は声のしたほうを振り向いた。

 どうした。服が落ちたぞ?

 悟飯さんの顔を見ると全体が真っ赤で、口はぱっかりとあいている。

「悟飯ちゃん、のぼせたのか? 水飲まねば」

 ああ、だから真っ赤なのか。確かにその昔のぼせたトーガと同じ色をしている。

「次サーヤ入ればいいべ。オラまだやることあるかんな。着替えいるか?」
「あっ大丈夫です」

 お言葉に甘えて風呂場に向かう。
 ちゃんと落ちてた服は悟飯さんに渡して。

 お風呂場は本当に、念願の、お風呂場だった。
 少し深めの四角い浴槽にはお湯が張られており、近くにシャワー、洗い場があった。
 日本式のお風呂だ!!
 身震いした。寒かったせいもあるが喜びのほうが強い!

 実は初めてなのだ。
 未来のCCではユニットバスだったがお湯が出ないことも多く、水すら出ないこともままあった。
 トランクスさんやブルマさんまで宇宙船のほうのシャワーを使うくらい不安定なものだったため、実は過去に来るのを楽しみにしていたのだが……亀ハウスもシャワーだったし、CCも浅い湯船でショックを受けていたのである。
 しかし、まさかの孫家で湯船につかることになろうとは!

 のびーと足を伸ばしても余裕がある……悟空さん対応浴槽は大きい。
 掃除しにくそうだが、なんて極楽!
 体をほぐしながらゆっくりとお湯に浸かると、気持ちよさに溶けそうになる。

 ああ、もう本当に帰るだけだな。

 たゆたうお湯を見ながら考える。

 帰ったら――倒して、生き返らせる。

 双子を両親に会わせてあげられる。
 どんな顔をするだろうか。

 楽しみだ。

 確かに頭の中は喜びで溢れているのに、いまだに心は痛んだ。
 罪悪感はずるずると影のようにまとわりついて、眠るときでさえ和らぐことはなかった。


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