Trunks side.約束

第二部 人造人間編

第三章 目的

Trunks side 約束

 過去へ行く間際のことだ。トーガは至極必死な顔をして俺に訴えた。

『もし、サーヤが無茶して足引っ張るようだったら――』

 そのあとに続く言葉に呆気に取られてしまったのだけど、それは俺がサーヤという人物をよく知らなかったからだ。
 一緒に暮らしていたとはいえ、共に行動していたのは双子だった。
 深く理解できるほど俺は時を共に過ごしていない。

 俺が知っていることといえば限られていることばかりだ。
 子供らしい軽さで、腕の中にすっぽりと納まってしまうほどの大きさしかないこと。
 視力を補う眼鏡はレンズが厚いのか時折反射して表情を隠すこと。
 双子と比べれば真面目で理知的、のわりにどこか抜けていて身体が弱いこと。
 それでいて食べ物への執着が強いこと。

 俺の知っているサーヤの特徴は、大まかなものだった。
 ――変ったのはサーヤが帰って来たときだ。

「お待たせしてすいませんー」

 へらへらと笑いながら扉を開けて出てきたのは、俺の知っている子供ではなかった。
 手や足も長くなり、子供のような細さではなく女性特有の滑らかな肉付きが見て取れる。
 妙齢の女性だ。
 背は俺よりも低そうだが、子供であったときとまるで違う高さだ。

「サーヤ……? ほ、本当に?」

 思わず口をついた言葉に、大人びた顔がほころんだような笑顔を見せる。
 表情は以前と変らない。
 ああ、本当にサーヤなんだな、と納得していると次の瞬間驚いたような顔にかわった。
 母さんにちょっかいを出されたのだ。

「ちょっとお! すっかり女になってるじゃない!」

 母さんにがたがたと肩を揺さぶられるサーヤは目を回していそうだった。
 部屋から出てきて間もないのにそれはきつい。
 止めにいこうかと思ったら、隣でぽつりとした独り言が耳に入った。

「サーヤさん……」

 悟飯さんだった。
 のぼせたのかと思うくらい耳まで真っ赤になっており、ぼーっと一点だけを見つめていた。
 見とれている、といったほうが正しいのだろうか。
 ともかく、悟飯さんは全身……見えたのは手までだったが真っ赤にしながら立っていたので心配になるくらいだった。

「やめてくださいってば! 揉むな!」
「いいじゃない。二日前まで全くなかったのにCくらい?に変わってるんだもの。気になっちゃうわ……なんでブラしてないのよ。垂れるわよ」

 ……母さんとサーヤの会話が耳に痛い。
 悟飯さんも聞こえたのか耐えるように目を瞑ったのもつらい。

 なんというか、無性に恥ずかしさがこみ上げた。
 いくら小さいからと言ってもかつて俺の師匠であったことに代わりはない。
 その悟飯さんが真っ赤になって目を瞑り、気になるのかすぐに目を開けてまた瞑るという動作を繰り返しているのを見るのが、とてもいた堪れない。

 しかしそうこうしているうちに無常にも時は過ぎていく。
 天津飯さんや悟空さんまでも巻き込まれ、下着の話になり流石に止めようかと思ったらサーヤの後ろから赤い物が飛び出し、あろうことか母さんの顔に引っ付いてしまった。

 かくして事態は急速に収束した。
 母さんの顔にひげのような跡を残して。

 問題だったのはその後だ。
 ナメック星に行き、デンデさんを伴って帰ってきた後サーヤは再び消えた。
 そして戻ってきたそのときに事は起こった。

 倒れたのだ。

 姿を見せたと思ったら崩れるように床に倒れ、かしゃんとした音とともに眼鏡が飛んでいった。
 その光景が俺にはゆっくりに見えた。
 ざあっと血の気が引きつつも駆け寄ると、先にたどり着いた悟飯さんがサーヤを抱き起こす。
 ――蒼白、というのはこのことを言うんだろう。
 真っ白な顔であたりを見回しているサーヤは、眼鏡がどこにあるのかわからないようだった。

 さほど遠くない場所に落ちている眼鏡を拾い上げると、目を見張った。
 サーヤがかけていた眼鏡の関節部が僅かにズレてる。壊れかけているみたいだ。
 原因は苛酷な環境に耐え切れなくなった。この一点に違いない。
 ひとまずまだ使えそうではある眼鏡を手にサーヤに向き直ると、彼女は疲れた顔そのままにとぼけたことを言った。

「いや、転んだんですよ?」

 サーヤは不可思議そうに眉を寄せて首を傾げるだけで、まったく解っていないようだった。
 そこにいる全員が違うといってもまるで信じていない。
 俺は少しばかりむっとしながら歩き出す。

 似たようなことがこれで三度目だ。
 畑を作っていたとき、精神と時の部屋に入ったとき、そして今。
 どうしてわからないんだ。
 皆、サーヤを案じている。
 悟飯さんなんて寄り添って大げさなくらい心配そうな顔をしている。

 悟飯さんのその顔が、なぜか未来においてきた双子と重なって見えた。

「サーヤね、なんにもないところで転ぶし、すぐケガするから! あと前に連れさられちゃったこともあるの。だから気をつけて」

 過去へ行く当日。サーヤの目を盗んで双子がわざわざ俺のところに来て注意しにきたのだ。
 真剣な表情で訴え出るチルの腕を肘で小突いたトーガは違うとでも言いたげだった。

「気になるからって声かけに行ったら別の星に飛ばされたんだよ。あれはサーヤが悪かった。連れ去ったやつがいいやつだったからよかったけど、一人で突っ走ることがあるってことをよく覚えとけよ」

 いかにも姉に苦労していると言いたげな言い方に微笑ましく思ったが、そのとき双子の不在に気づいたサーヤが二人の名前を呼んだ。
 チルは返事をして向かうがすぐに振り向き「本当に、ほんっとうに弱いから、守ってあげてね!」と言い放ち駆け出していく。
 その背に「わかった」と声をかけると、残ったトーガが服を引っ張った。

「……どうしても、オレたちは行けないんだろ?」

 俺の服を握り締めたトーガの手が白く見える。俺はその手に自分の手を乗せて謝った。
 遠くから「トーガー?」と呼ぶ声が聞こえる。
 トーガはその声で顔を上げた。普段とは打って変わって真面目な表情をしていた。

「もし、サーヤが無茶して足引っ張るようだったら――――――メガネ壊せ」

 言われた内容がよく理解できず、疑問符が口から漏れる。

「サーヤは目が悪いだろ? 見えてるから無茶するんだよ。見えてないときはもっと注意してたっつーか、オレらを頼ったから一人でってことはなかった。だから、一人でなんか危ないことやり出したら壊してくれよ。そうすればおとなしくしてると思う」

 そう頼み込む黄色い瞳が、不安げに揺れていた。

 ―――俺はサーヤと手元の眼鏡を交互に見た。
 サーヤはデンデさんにおとなしく治されてはいたが、その目にはまだ疲れが見えない。
 片や眼鏡は壊れかけている。
 俺は一瞬逡巡するがトーガの助言に従い、――握り締めた。

 眼鏡を受け取ったサーヤは壊れているのを知ると、目に見えてやる気をなくした。
 しかしまだ疲れているという自覚が無いからなのか、そのまま亀ハウスに行こうとし始める。

「亀ハウスの冷蔵庫に入れてた塩辛を取りに行きたいんです。部屋に入っている間気がかりで気がかりで」
「いやいやいや、後でもいいだろ? とりあえず寝とけって。な!」

 気を使うクリリンさんを細目で見ているから、裸眼ではやはり見えないのだろう。

「大丈夫ですよ。体軽くなったし。それに冷蔵庫に入れてから3日経っているので食べごろに……状態を確認したいのでちょっと行ってきます」
「駄目ですよ! サーヤさん! また倒れたら!」

 深い深いため息が漏れた。
 ……トーガ、お前の姉さんは食い意地が張りすぎだ。

 俺はサーヤを持ち上げ抱きかかえた。
 子供だった頃より重くなったが、大人としては軽い方だ。
 暴れるサーヤを無視して、瞬間移動で送ってくれるという悟空さんの腕を掴んだ。――が、目を向けると悟空さんと同じ動作をしているではないか。
 瞬間移動で帰ってきたあと倒れたのに、まだやるつもりか。

「馬鹿!!」
「いっ」

 堪らず大きな声を出せば、サーヤは「くうう」と呻いた。
 体を丸め頭を抱えているため、抱き上げているこの体制のままだと顔がわからない。抱えなおすと苦しそうに眉間に皺を寄せている表情が見えた。
 対して少しばかり罪悪感が芽生えたが、それよりもやっとおとなしくなったという事実に満足する。
 ……少々、小言は言われたが。

「おのれ。馬鹿っていったな。そんなこというと卵焼き作ってやんないぞ。食べ物の恨みは深いんだ。せっかく作ったのに捨てるなんてことになったら恨んでやるからぐううううう」

 聞こえていないとでも思っているのだろうか。
 小さい声でブツブツと喋る様は異様だが、そんなことに構ってられない。
 CCに着くと悟空さんへの挨拶もそこそこに早足で部屋に向かう。
 そしてすぐにベッドに降ろし善意で靴に手をかけると驚いたのか、飛び上がってしまった。
 飛ばなくていいから。早く寝てくれ。

 ようやくベッドに入り瞬く間に目をつむったサーヤを見た後、つい力が抜けてしまった。

「全く、無茶をする」

 ため息混じりに呟くと、すぐに寝息が聞こえてくる。
 寝顔はよく見ると双子に似ていた。

 ――あの時、眼鏡を壊せと言ったトーガは、俺の服を握り締めていた手を、俺の手ごと振り払い背を向けた。

『……もし、帰ってくるときトランクスだけだったら……いなかったら』

 一度言葉は途切れた。
 口にするのが嫌だったんだろう。声がいつもより小さかった。

『オレは、お前を許さないからな』

 少しの間をおいて聞こえてきた声ははっきりとしていた。
 それに対して俺は――――

「必ず連れて帰ってくる、どんなことがあってもサーヤだけは必ず――って約束したんだ。だからもう、おとなしくしていてくれ」

 懇願するかのように言えば、「くかー」としたのんきな寝息を返されて返事には到底聞こえない。
 あんなふうに心配してくれる家族を少し羨ましく思いながら、俺はその部屋を後にした。


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