3.求める空の色

第一部 旅編

第一章 始まり

3 求める空の色

 初めて・・・外に出たとき、違和感で気持ち悪くなった。

 知っているはずのものが違ったからだ。
 その違和感は大きく、早々に耐え切れなくなって空を指差した。

『ねえ、どうしてそら、しろいの――?』

 そう聞いたのはいつだったか。
 言葉が話せるようになって久しく経った頃のことだったかもしれない。
 そう聞いたら母親は手に持っていた洗濯物を床に落とした。
 駆け寄って床に落ちた衣類を拾い上げると、母は目を細めて睨むように空を見上げた。

『あれは〈かべ〉ね』

『かべ?』

『そう、〈壁〉。うーん……鳥かごみたいなものかしら』

『どうしてそんなのがあるの?』

『外から来る危ない人たちから守っている……他の人に聞かれたらそう言いなさい』

 首を傾げた私を、母は悲しそうに眉を下げて見下ろした。

 + + + + + + + + + + + 

 ある日、母は私を連れて外に出た。
 アジアンな雰囲気の商店通りを抜けて、お城のような建物に向かって歩く。
 お城は中世のヨーロッパにありそうな門構えをしており、重厚そうな石が積み上げられている。
 そんなのを見ると、しみじみと思う。
 ここ、地球じゃない。

 空を飛ぶ人もいれば、歩いている人もいて、すれ違う人は総じてカラフルな色をしている。
 東洋と西洋が混ざったハーフ……のような整った顔立ちをしているのがほとんどで、不細工ブサイクな人がいない。
 皆似たような顔をしているから、いっぱいいるとちょっと怖い。
 ちなみにそんな人たちはほぼ半裸だ。
 男の人は皆はらを出してるし、女の人にいたっては透けて見えるほどの薄い布をまとっている。

 隣を歩いている母もばいんと張り出した胸を白い布で包み、下半身は腰からゆったりとしたスカートをはいている。
 そのスカートにも深いスリットが入っていて、歩くたびに隙間から足がのぞく。
 ここは露出狂の国だったらしい。

 皆がみんなそうなのだ。もちろん私も例外ではない。
 最初胸当てと紐パンだけはいて外に出ようといわれたときはシーツをマントのようにして抵抗したもんだ……。
 今もだけどな!

「おかあさん、どこにいくの?」

 母は寂しそうに笑うだけで答えてはくれない。

 そのうちお城の門をくぐると、お城ではなく左側の白い病院のような建物に入っていく。
 受付のようなところで案内された先の部屋はほとんど物がなく、小さい机と一脚だけの椅子、そして長いローブのような服を着ている男性がいた。

「ようこそ来られた。さあこちらへ」

 白い手で指し示す男の人は髪の色が水色だ。
 顔もアイドル並みに整っており、はっきり言ってどこの乙女ゲームから出てきたんですか?と聞きたくなるような容貌をしている。
 例えるなら異世界ものの神官みたいな……ツンデレ系の。
 しかしこの人、よく見ると胸元から局部近くまではだけてる。そのほかは長い布で隠れているというのに。
 意味わかんねえ。腕より前隠せよ。少しも筋肉ついてない体なんて美しさの欠片もない。

「……元〈シャンテ〉であるあなたがわざわざ来たということは、期待できるのでしょうか? ……カリア殿
義務・・だというのにおかしなことを聞くのね」

 神官は私には目もくれずに母に話しかけた。
 二人は知り合いらしい。……どういう関係なんだろう。
 いぶかしげに見ていたら、神官の前に引っ張られた。

「私の出す音を真似しなさい」

 そう言うなり発声練習のような間延びした音を出し始めた相手に私は困惑した。
 母に助けを求めるように見上げても、やさしい微笑みを向けられるだけでそれ以外にアクションはない。

 ……よくわからないが神官の真似をすればいいんだな?
 戸惑いがちに音を追うようにして声を出すと、徐々に神官の出す音の高さが変わっていく。
 そしてある一音に達した時、神官は机の上に一輪だけ飾ってある花を示した。

「この花を見ながら音を出しなさい」

 はあ。
 言われたとおりにまた「らー」と音を出すとその花の周りが何か・・で球体状に包みこまれた。
 そして「がちゃん」という音ともに花瓶に生けられていた花が机に落ちる。

 ……今、目の前でなにが起こったんだろう?
 なんだかガラス球みたいな物が突然現れて、消えたと思ったら花瓶が壊れてた。
 目を瞬いていると神官が大げさにパンパンと拍手し始めた。

「すばらしい! 混ざりモノでありながら発現するとは! さすが〈ラシャンテ〉の娘ですね!」

 まざりもの? らしゃんて? なにそれ?

 母を見上げると、微笑んではいたが目が恐ろしく鋭かった。
 神官は気づいていないのか、懐から紙と黒い棒を取り出すとにっこり微笑んだ。

「名前はなんと言うのです?」

 ここに来て初めて、目を見ながら名前を聞かれた。

 その後は来た時とは180度態度が違う神官に送り出され帰路についた。
 あの神官、態度変えすぎ。社会人の癖に終わってるな等と心の中で悪態を吐きつつ、母の手を握りながら私は口を開いた。

「おかあさん、さっきのなあに? どうして花びん壊れちゃったの?」

 母は黙ったままだ。それでも私は続けざまに聞いた。

「らしゃんてってなに? 混ざりものってなに? 花びんが壊れたのと関係あるの?」
「……そのうち嫌でもわかるようになるわ」

 母が立ち止まって空を見上げた。

「もう、決まってしまったのねえ……」

 寂しそうなつぶやきに、それ以上なにも言えなくなった私がその意味を知ったのは、それからしばらく経ったあとだった。

 + + + + + + + + + + + 

 どうもあれは試験だったらしい。
 年頃になった子供はみんな等しく試験を受ける。そして合格したものが学校に行ける、というのだ。

 まだ冬のような寒さが残る季節に、私は学校に通うことになった。

 学校、と聞いて思ったのは前世のことである。
 なにせ前世から数えたら学校に通うのは二回目。簡単に違いない。
 実際に通えば思った通りだった。でも想定外に簡単過ぎた。

 教科が国語と外国語と算数と音楽しかない。
 私はピッカピカの一年生だが、簡単通り越してつまらなかった。
 国語も外国語も音楽もただ覚えるだけの授業で、算数なんて足し算だけ。
 早々にすべてできてしまって次の日には一つ上の学年に上がってしまった。いわゆる飛び級というヤツだ。
 前世の日本だと飛び級なんて現実的でないレベルのものだったが、ここではよくある。
 だから特に目立ちもしなかったが、次の学年も同じような授業で次の日にはまた学年が上がった。

 その学年では歌の授業が本格的になったので一ヶ月ほど留まることになる。
 そんなポンポン上がっていいのか?と訝しみ調べると、最終学年まで同じような授業なのだという。
 かなり馬鹿らしくなったけれど、学校はやめることができなかった。
 課せられた【義務】だったからだ。

「サーヤ、休憩を終えたら一級長のところへ向かうように」

 一人の教師に呼ばれた私は模範的な態度で返事をし、お弁当の蓋を閉じた。
 ――かったるい。
 休憩を終えたらとは言うものの、その通りにしていたら相手が機嫌を損ねるのは目に見えている。
 私はお弁当をしまって、教室を出た。

『……見ろよ。〈バナン・・・〉だ』
『相変わらず汚いな。目が腐る』
『なんでアイツが〈エナ〉なんだ。〈ルベル〉を差し置いて……』

 私に直接話しかけてくる者はいない。
 こそこそと言っているつもりの悪口とも取れる話を耳にしながら、淡く光る壁の長い廊下を歩いていく。

 私は最初からこの学校の中で異質だった。
 髪の色が黒かったことが第一だ。
 私の母は赤髪で、父は青髪だ。私はどちらにも似なかったが、この星では【当たり前】のことらしかった。
 けれど、私以外のすべての人は親兄弟ですらバラバラの髪の色をしていても許されるのに、黒い髪は許されなかった。
 私だけが黒髪で、責められた。
 両親に対しても、私自身に対しても、散々言われた。

 普通はそんなことがあると思い悩んだりして最終的に自殺したりするんだろうけど、生憎私は人生二回目。
 まわりの子供は、小童通り越して子犬に見える。
 でもいじめられること自体は、鬱陶しい上に腹立たしいことに違いなかった。

 だから私は優等生になることにした。その結果が、これである。

 「ああ、サーヤくん。よく来てくれた。君に朗報だよ」

 ベージュ色の装飾が多い椅子に偉そうに腰掛けている男――、一級長はニヤニヤと笑みを浮かべながら一枚の紙を差し出した。
 その紙には日本語とは似ても似つかないうねった文字が並んでいる。

「そこに書いてあるとおり、〈張壁ステラーラス〉の仕事だ。これは栄誉だよ! キミのおかげで最年少記録が塗り替えられることになった!」

「はっはっは!」と高らかに笑う一級長の蜂蜜色をした髪の毛が衝動とともに跳ねる。

「君は純粋なセーリヤ人ではないが、はカリア様から受け継がれた。その力でこの社会に尽くすことができる君はとても運がいい。わかっているだろう? これからもがんばってくれたまえ」
「……はい。セーリヤを守るために力をつくしたいと思います」

 淡々と答える私に対して、うんうん、と満足そうに頷く一級長は、もう一枚紙を差し出した。
 白く、高級感溢れる見た目をしていたその紙を受け取る。

「この件によってラパト様が君の〈ジェニル〉になることを希望された。名誉なことだよ。……ぐれぐれも失礼のないように」

 軽く頭を下げてその部屋を後にすると、教室で私を呼んだ教師が足早にこちらに向かってくる。
 わざわざ出てくるのを待っていたのか私の前に立つとその教師は微笑んだ。

「おめでとう! 君はセーリヤの誇りだ。がんばりたまえ!」
「……ありがとうございます。精進、いたします」

 私の口はまだ小さくうまく回らない。噛みそうになるのをなんとか堪えると教師は笑顔を深めた。

 すれ違う教師たちに出会う度「おめでとう」と声をかけられた。そして私もその言葉を聞く度に「ありがとうございます」と返した。
 笑って答えるその裏で、気持ち悪さに似た怒りがこみ上げてくる。
 我慢しながら教室に戻る途中、不意に窓の外をみた。
 ――空はやっぱり、白かった。

 住んでいる人からすれば普通の空の色。でも私からすれば違和感しかない。
 空全体がまるで擦りガラスを張ったように白っぽく見える原因は〈壁〉だ。
 昔、母が言った様にこの世界は〈壁〉で包まれている。外敵から身を守る為に、『この星』に住む人が総じて空に〈壁〉を張るのだ。
 ここの住民は、そういう能力を持つ。
 私も例外じゃない。

 ここはおかしいのだ。
 ただおかしいわけじゃない。
 受け入れがたい異質さがそこらかしこにある。

 私が学校にきて学んだのは学問ではなく、そういった社会の異質さだった。

『外から来る危ない人たちから守っている……他の人に聞かれたらそう言いなさい』

 母はそう言ったあとに、こうも付け足した。

『……本当は、違うわ。きっと、中の鳥を逃がさないようにする檻……』

 その意味を私ははっきりと理解できていなかった。
 今ならわかる。

「……気持ち悪い」

 そう吐き捨てて私は歩いた。


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