第一部 旅編
第一章 始まり
4 もちもち大餃子
この星が、なのかはよくわからないけれど、私が住んでいるところは基本的に昼は暑く、朝夕が寒い。
皆夜になれば動物の毛で覆われたふかふかな寝具で寝るのだ。
夏は比較的寒さが弱まるとはいえ、寒いものは寒い。
そう、今は夏だ。
日も出ていない早朝。暗い外には誰の気配もありはしない。
子供はまだ寝ている時間に私は厚着をしながら外にいる。
日本であれば警察を呼ばれてしまうだろう。
しかし私は仕事だ。
『栄誉だよ!』
『おめでとう!』
口々に祝いの言葉を述べる教師どもの顔がちらついて苛々する。
朝日が昇る前の時間、空に〈壁〉を張る。
それが命令だった。
30分程度であろうその時間は、ひどく体力を消耗する。
この仕事は普通大人がやるもので、大人でさえも30分は疲れるらしい。
――そんな仕事を子供にやらせるんじゃねえ。
肩で息をしながら忌々しく睨み付けたところで空はいつものように白いまま。
季節は夏になったばかり、遠くに見える川は薄く霧を漂わせていた。
+ + + + + + + + + + +
二度寝した休日。
リビングに行くと、父が今まさに出かけようとしているところだった。
「待って! いっしょに行く!」
私は寝癖のついた髪のまま、父の後ろをついていくことにした。
学校のない日は天国だ。
大人に気を使わなくてもいいし、気分が悪くなることもない。
だいたいそんな日は父と森に散策に出かけた。
父は無職だ。母も働いていない。
そんな家計でどうやって生きていけるのかと言うと、狩猟である。
一番最初に目覚めたとき、剣とか血とか話していたのは獲物の話だったのだ。
ウチの父はイケメンな上にすごく強い。
近くの森にはカナダにいる茶色い熊よりもはるかに牙がでかくて怖い熊が生息しているのだが、自前の剣でばっつり首を切り落としてしまう。
片手で。
はじめて見たときは賞賛した。パパかっこいいって。
そしたら満更でもなかったらしく、頻繁に森に連れ出してくれるようになった。
「父さん! あっちに何かいる……猪かな? 大きい」
父の肩に乗りながらわかるように指差すと、父はその方向に飛んでいく。
最近なんとなく生き物の気配が判るようになった。
大きい生き物はわかりやすい。
それを母に聞いたら「そういうもの」だといわれたので、この星の種族特性みたいなものなのかもしれない。
『ガルルルル』
「あ!」
気配に近づくと、黒っぽいものが唸った。
父の身長よりも大きな猪だ。牙すらも私の背よりも長い。
戦闘準備ー!
そんな警告が頭の中にこだまして、私は父の頭に手をついて飛んだ。
跳び箱する要領で宙に浮かぶと、上空で待機する。
ここが一番安全。巻き込まれないから。
ちなみに空の飛び方は学校で教えて貰って飛べるようになった。
飛べない子はいないくらい簡単だった。
父は襲いかかってきた猪の牙を片手で持ち、気絶させるように頭を地面にたたきつけた。
ドオンという一際大きい音を立てながら猪は地面に頭をめり込ませ、後ろ足だけがぴくぴくと痙攣したように動いている。 父はその状態の猪の首に剣をあて、一気に引いた。
そのままの状態で血抜きをしてしまうらしい。
さすがです。
こんな父なので、なんでも狩れる。
鹿やら猪、熊、トカゲ、恐竜などなど取ってきては自ら解体し、よそに売って外貨を得ている。
ちなみに肉は売れない。
漁業と農業をする人が多く、動物を追い回して狩りをするなんてことはしない。
そもそも魚と野菜、そしてスズランのような穀物が主食で、肉なんて食べない。
食べないというよりも調理の仕方がわからないようだ。
売れるのは爪や牙。
ここの人たちは綺麗なものが好きなのだ。
牙や爪は固体によって色合いが違う。そのどれもが地球的な色ではない。
なんていうの? 宝石みたいに色とりどりなの。
結構いい値段で売れる。
そう、父は血抜きから解体選別売買まで一手にこなす、なかなか器用なイケメンなのだ。
まあそうでないと自分が食べる量確保できないんだろうけどね!! 父はものすごくよく食べるから……。
「父さん、あっちにもなんか大きいのいる」
「……ここで待て」
たぶんまた猪だろうな……。
父が帰って来るまで木の実でも取ろうかなと周囲を見回すと、ロンナが生っていた。
ロンナは森によく生えており、年中収穫できる。ロンナ取りという職業があるくらい、メジャーかつ人々に愛されてやまない果物なのだが、就業致死率が大変高い。
なぜか。
「きゅるる?」
いやな鳴き声がして私の手は止まった。
左手のすぐ近くに紫色ののっぺりとした物体がゆらゆらしているではないか。
その物体Xはぴたっと止まるとしゅっと消えた。
私は手に持っているロンナを物体Xが消えた方向にぶん投げ、叫んだ。
「とうさあああん!! サラブううう!!」
サラブというのはトカゲのことである。
別に愛称でもなんでもなく、種類だ。
全長が杉の木ぐらいのでかいトカゲなのだが、コイツの舌は更に長い。
絡めとられれば即ばくんと食われてしまう。
そんなコイツの好物は言わずもがな、ロンナだ。
「いっやー!!」
私は上空に逃げたが、足を細いぬるっとした何かに捕らえられ叶わなくなった。
死亡率が高い理由はこれだ。
飛んで逃げても舌がそれを許さないので、ロンナ取りの死亡理由はほぼコイツで占められているそうだ。
ちなみに口には含まれるが食べはしない。大半が分泌物によっておぼれた状態になり、息ができなくなる窒息死である。
よだれまみれの死体。
いや過ぎる!
食われまいと必死に飛んでいると「きゅあああ」という高い声が聞こえ、足をつかまれている感覚が消えた。
引っ張られる力がなくなった私はそのまま上空に放り出される。まるでパチンコの玉にでもなった気分だった。
落ち着いて地面を見ればサラブがだらんと口から舌を出して事切れていた。
さっきの甲高い声は断末魔だったらしい。
「帰るぞ」
「ロンナ取りたい」
「……早くしろ」
リュックの中から袋を出すと、ロンナを潰さないように丁寧に袋の中に詰めていく。
――てっきり買っていると思っていたロンナ。
買えばべらぼうに高い。
知ったのは町に行くようになってからだ。
でも昔から父は必ずロンナを持って帰ってきた。
思えば私は母の料理を食べたくなくてロンナばかり食べてた。
そこから浮かんだ疑問の答えに、こそばゆくなる。
ただの子供だとなにも感じないだろう。
前世があるからわかったのだ。
当然のことながら、父は私を考えてくれているのだ。
私がロンナばっかり食べるからイケメンのお父さんがそればっかり採ってくるようになったって考えると――くおおおおおおお!!
現在進行形で悶えてしまう。
「父さん、いっぱいなってた」
「ん」
私は笑って父の肩に乗った。
猪二体、サラブ一体。
それを縄でくくり、事も無げに飛んで帰ってきた父は、すぐさま解体を始めた。
鋭く切れる刃物が父の手にあれば獲物は瞬く間に肉の塊と骨、臓物に分かれていく。
肉の塊をたらいに乗せると、一体何人殺してきたんですか?というくらい父は血まみれの状態になっていた。サラブの血がいまいち抜けきらなかったらしい。
骨から細かい肉をそぐのを見ながらポツリと私は言った。
「今日は私がご飯を作るんだ」
「……お前が?」
「うん。学校休みだから、作ってみようかと思って」
そう言うなり父の顔は険しく変わった。
「やめておけ」
「……母さんよりはうまく作れるよ。たぶん。だからできたら呼ぶね」
父の片方の眉が器用に上がった。
この家にはボウルなんてものはない。なので鍋を使う。
黄色い小麦粉のような粉を入れ、水を入れて練っていく。
初めて作るからか、ボロボロとまとまらない。
水を加え卵も入れてみたりして……あ、塩もか。
何度も捏ねていると、ようやくそれらしい生地に落ち着いてきた。
「なにをしてるの?」
生地をテーブルに打ち付けている音で起こしてしまったらしい。
昼寝をすることが多くなった母は、ゆったりと髪をかき上げ、ソファーから立ち上がった。
「寝てても良いよ? まだできないから」
少しだけ膨らんだお腹を撫でながら、母は目を瞬いた。
「あきれた。一体いくつ作るつもり?」
「え?」
「多いでしょう。あの人も食べるの?」
「う、うん」
「……珍しい」
父は母の料理は食べない。外で一人、勝手に食べている。
それもまあ納得だ。まずいもの。
でもできることなら家族で食べたいじゃないか。というか、食べさせたい。焦げてないものを。
そんな野望を胸に私は生地を練った。
更にそのあと生地を寝かせて今度は肉を細切れにする。
荒く刻んだら塩、少々の野菜を入れて混ぜる。
寝かせた生地をちぎって広げ、具を包む。
それをフライパンで焼けばなんちゃって餃子の完成だ。
焼きたてを皿によそい、残りも焼く。
「とうさーん! できたー!!」
のっそりと現れた父は水浴びをしていたらしい。
水も滴るいい男になっている。
無造作に布で水をふき取る仕草はうっとりするほど男前だ。
うちの父は細マッチョではない。
マッチョだ。
抱きつくと「うおおおお! すげえ!」と心の中で叫びたくなるぐらい筋肉がついている。
体と顔のバランスが絶妙……つまり、かっこいいのだ。
両親がそろうと、女神と騎士って感じ。
そんな二人から生まれた私は一体どれほど美少女なんだろう。
ここには鏡がないからわからないんだけど、不細工ではないよね。きっと。
髪の色こそ似なかったけど、顔に期待してしまうのは至極当然。
「む?」
「手で食べていいよ、熱いけど」
この星には箸なんてない。
あるのは先割れスプーンのみだ。
父に手でいいといったのは、どう考えてもそれを使って食べているところが想像できなかったからだ。
似合わない。
父は皿を鼻に近づけにおいを確かめた後、餃子を口に入れた。
一つ食べ終えると目を見開いたのち、がつがつ食べ始めた。
イケメンもかすむほどの食べっぷりである。
このままだと自分の分がなくなる!
そう危惧した私は自分の分をひとつ皿に取ると、かぷりと噛んだ。
気をつけていたつもりだけど、溢れる肉汁にやけどした。
「おいしい……」
しかし自分と母の思っていることはおんなじだったようだ。
母はスプーンで器用に取り分けふうふう言いながら食し、斜め隣の父は皿まで食べてしまうんじゃないかと思うくらいがっついている。
「キコってこんなに美味しいものだったのねえ。……どうしてこんな食べ方を知っているの? 私食べたことないのだけれど」
一瞬だけ体が硬直し、弾みでスプーンから餃子が落ちた。
「えっと、夢、夢でみたの! ふ、不思議だねー!? でも美味しそうだったから食べたいなーって思ってて!」
我ながらなんと適当な言い訳であろうか。
しかし母は特に気にならなかったのか「ふーんそう……」とまた餃子を口に入れた。
やっべえ。なんにも考えてなかった。
食べたかったから作っただけという安直な理由が、自らの首を絞めるとは!
前世の記憶ですなーんて言ったら頭おかしい子に思われる。できれば隠しておきたいが……。
母さんの料理まずいからな。また果物と肉オンリーの生活になるのは……。
どうしよう。
また夢で見たっていいながら作ればいいかな。そもそもおかしいんだけどそれしか思いつかない。
友達もいないから他の家庭がどんなものを食べているかも知りようがないし……。
悩みながら咀嚼していると目の前に皿が差し出された。
「む」
父におかわりを所望された。
結構作ったのに足りなかったの?
ちまちま作るのがめんどくさかったので、オムレツくらいの大きさで作っていたんだけど、それでも20個くらいは作ったんだ。夜の分含め。
そしてそれはすべて焼いた後である。
「ご、ごめん。そんなに食べるとは思わなかったから……もうないの……」
そう言ったときの父の顔。
眉を寄せながらも目は見開き、口は半開き。
まさにがーんという音が似合う表情だった。
「あな、あなた、か、お! あは、ふくくく!!」
「……! なんだ!」
あまりにも見たことがない顔だったので、父には悪いが私も笑ってしまった。
「くくっ、ふふふっ!」と母はつぼに入ったかのようにかみ締めた笑い声を出し、耐えているのか肩が震えている。
父は私達の様子に気を悪くしたのか舌打ちすると外に出て行ってしまった。
その後姿に夜はもっと作るよーと声をかけて私は笑った。
