5.双子の天使

第一部 旅編

第一章 始まり

5 双子の天使

 ここには冬がない。
 雪が降らないし、昼はそこまで寒くならない。
 冬がないのはいいことだ。
 しかし、夜は冬通り越して北極かよってくらい寒くなる。行った事ないけど。

 その寒暖さによって木々が色づくのは、地球的に当てはめて秋といってもいいだろう。
 私はその日、えるような赤に染まっている木の下を走っていた。
 途中から走るのめんどくさくなり飛ぶ。

 本当は街中で飛んではいけないのだけれど、とにかく早く家に帰りたい一心いっしんで飛んだ。葉っぱが顔にビシバシ当たって痛かった。

「とうさん! ただいま! 生まれた!?」

 家の前で例のごとく獣を解体していた父は、あごで家を指し視線を元に戻した。
 私はそのまま家に入りたいのをぐっとこらえ、手を洗ってうがいもして、ついでと言わんばかりに顔も洗って家に入ると、そこには母がいた。
 いつ何度みても美しい女神様アフロディーテだ。
 しかし、いつもと様子が違う。

「おかえり」

 母――女神様のかたわらには小さい天使がすやすやと寝ていたのだ。

「ただいま」

 小さい声でささやくように挨拶すると、そうっと寝台に近づく。
 覗き込むと顔がまるっきり同じ天使が二人並んでいる。
 双子の赤ちゃんだ。

 ……うん。男なのか女なのかわからないけれど、どっちでもいいな。
 かわいい。

「いつ生まれたの?」

 私は母を見上げた。

「お昼くらい。サーヤが学校に行っている間に……あら?」

 一人がむずがるように身をよじり始めた。
 母は手馴れたようにかかえる。
 よしよし、といいながら胸を出す母に遠い日の自分を思い出したが、それは一瞬で上書きされた。

「たくさん飲んで大きくなってね」

 窓から入り込んだ太陽の光が赤い髪をかし、胸元の赤子を淡く照らす。
 それはまるで神々しい絵画のように見えた。

「あなたもこうだったわね」

 まさに後光がかっている状態で、母はやわらかく微笑んだ。
 それはまさしく聖母の様。
 前世を含めても見たことがないくらい美しく、まるで金槌かなづちで叩いたようなカーンという幻聴が聞こえ、ぶわりと鳥肌とりはだが立った。

「どうしたの?」

 ぶんぶんと頭を左右に振ると、涙がつうっとほおを伝う。
 悲しくもないのに涙が出るなんて初めてのことだった。
 自分でもよくわからないままそれを拭っていると、優しく頭を撫でられた。
 手の隙間から見える母はゆったりと笑う。
 目が合えばなんだか一気に恥ずかしくなって私は火照ほてる顔を伏せた。
 すると同じタイミングで、もう一人の天使が声を上げた。

「ほにゃあ、ああんにゃあ」

 一度泣き出してしまったら意識はそちらにかたむく。
 天使はその身体に見合った小さな手を握り締め、顔をくしゃくしゃにしながら泣いている。
 私はおろおろと母と天使に視線を行き来させるだけで、なにもできなかった。
 当たり前だ。前世では結婚すらしておらず、友人でさえも同じだった。
 妹もいたのだがこちらも同じで、赤ちゃんなんて本当に扱いがわからなかった。

 いやまてよ。一番下妹の赤ちゃんのころはかろうじて覚えているはず。
 幼いころの記憶を辿るとなんとなーく、ぼやーんと……高く積み上げた布団に置いたら落ちたことしか思い出せない。
 あ、だめだこれ。泣かせた記憶しか残ってない。

「少し待ってね」

 母は動じることもなく一人目に授乳し続け、けぷっと空気を出させたら、早速もう一人に取り掛かっていた。
 母親って大変だなあ……。

「抱っこしてみる? 首がぐらぐらするから気をつけて」

 飲み終わった天使を母が私に抱えさせた。

「えっあ、わ」

 ほにゃほにゃしている物体は頼りなく、首がぐらぐらとしていて怖い。
 落としたら死ぬ。
 そう思うくらいやわらかく小さい生き物だった。まじまじと見ると鼻も口も小さく、手なんか人形のようだ。
 その生き物のまぶたはまだ開かない。

「……目の色は何色?」
「まだはっきりとはわからないわね」
「ふーん」

 重たくなってきたので布団に寝かせると、その拍子に後頭部の下らへんにちょうのような一対の羽が見えた。
 その羽は黒く、まるで小さな貝殻のようにぺたっと肌に張り付いている。

「……ねえ、母さん。この羽?なんだけど……これ何?」
「なにって……あなたにもついてるでしょうに。気付いていなかったの?」

 言われて首の後ろに手をやると……確かになにかある……。
 そういえば前、皮でも剥がれたかなと思って引っ張ったことはあったけど痛かったから放置してたんだっけ。
 よくよく触ってみると、輪郭のところが軟骨のように柔らかくて、そのほかは薄い膜が張ってあるような……それでいて起毛している……。
 あんまり羽自体に感覚は無い……けど引っ張るとやっぱり痛い。

「やめなさい。取れたら大変」

 怒られてしまった。
 手を引っ込めたものの、疑問は残る。
 前はもっとペッタリしてて皮っぽかったような……。

「学校で皆出していなかった?」
「……装飾品かなにかだと……」

 首元にチョーカーみたいなのをつけて来るませた子どももいるので、その延長線上のものなのかなと思ってた。
 まさかえているものだったなんて! ここでも友達いない弊害がでてしまった!

「まあ、子ども以外は隠してしまうし……。確かにあなたは気にならないかもね」

 苦笑する母に私は首を傾げて眉を寄せた。

「なんでついてるの?」

 心底しんそこ疑問に思って聞いてみたら、母は面白いものを見たように笑い出した。

「それは神様に聞いてみないとわからないわねえ……でも、理由はあるの。それは――」

 + + + + + + + + + + + 

 双子の天使は男と女の弟妹だった。
 弟の名前はトーガ、妹の名前はチルと父が名づけた。
 目を開けば母と同じ金色の瞳で、その円らな目は好奇心に満ちてらんらんと輝く。

 そんなかわいい二人はよく飲んでよく眠る。
 あんまり飲むので母の胸は根をあげてしまい、仕方なく羊のようなものを飼ってその乳をあげたり、穀物を煮てその上澄みを与えたりして育てた。
 もちろん母は焦がしてしまうので私がご飯を作ることが多くなり、それは次第に父も巻き込むことになる。

 父のほうが上手だから。

 ある日私が学校に行っている間、父が双子の食事を作ったと聞いたときはよっぽどうるさかったんだなと昔を思い出したもんだ。
 母も奮闘したようだが、やっぱり私のときみたいに食べてくれなかったらしい。

 双子はとにかくよく食べた。
 それはもう、暴食と言ってもいいだろう。

 あんまり食べるのでってくるのも買って食べるのも足りず、父は畑を耕し始めた。
 母も私も手伝ったが、固形物が食べれらるようになったら、その量は倍以上に増えて私は悲鳴をあげた。
 一番つらかったのは普通の食事に移行するときだった。手間も倍かかり、時間もかかった。
 ようやく息をつけるようになったのは、肉を噛み千切ちぎれるくらいまでになったころのことだ。
 そこからは父が焼いた肉を勝手に食いちぎって食べるようになったので、母と二人で抱き合って喜んだものだ。
 もう肉を細かく切る必要がない。それだけでも手間だったのだ。大きな鍋ひとつ分ともなれば。

「父親に似たのかしら。こんなに食べるのは」
「そうだね。私は似なくてよかったよ」

 うんうんと二人で頷きながら生地を練り、薄く延ばしていく。
 キコの粉はナンのようにして食べるのがおいしくて楽だという事に気付き、最近はもっぱらそれである。
 ナンと言ってもフライパンいっぱいに生地を貼り付けて焼いた後、切り分けて食べるからナンの形はしてないんだけど。

「おなかちゅいたー」
「おなかーごはんたゆんのよー」

 双子の舌足らずな声に「待ってねー」と声をかけて様子を確認したとき、視界がぶれた。

 ん?

 手の甲で目をこすると次に目を開いたときには元に戻っていた。
 気のせいか。最近多い気がするな。なんだろう。

「……肉は焼けたぞ」
「きゃあー! おにくー!」

 父が外で焼いて持ってきてくれた肉を大食い天使がキャッキャしながらかぶりついていく。

「こら! 母さんの分も食べないの!」

 すべて食べられてしまわないように必死で、私は違和感をそのまま放置した。
 その時は、そうすることしかできなかった。


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