第一部 旅編
第一章 始まり
6 宇宙の帝王
「なあ、聞いた? フリーザが死んだらしいよ――」
教室の真ん中で耳にしたクラスメイトの弾んだ声に、私の口の中が暴動を起こした。
つまり噴出すところだった。
とっさに手を口に添えて事なきを得たが、あぶない事この上ない。
しかも耳に入ってきた情報は聞き逃せないものだった。
目を細めてちらりと声の主を確認すれば、身分の高そうな装飾品を身にまとっている。
話している相手は同じクラスの貴族の坊ちゃんであることを考えればそいつも同じく貴族なんだろう。
そのまま何食わぬ顔で聞き耳を立てていると、「偉い人たちが騒いでいた」とか聞こえてくる。
「今さらなんだというんだ。攻めて来たくせに手も出せず逃げ帰った奴らなんてどうでもいいだろう?」
「ほら、あれだよあれ。〈エナ〉。あいつの父親フリーザ軍の……なんだろ?」
おい。そこの赤紫色の頭。
フリーザ軍の……なんなんだ。そこ濁さずに言えよ。
っていうかなんでお前らが私の父親のことを知ってるんだ。私知らないのに。
ちらちらと気にしながら飲み物を口にすると、金髪の貴族が馬鹿にしたように私を見た。
「ああ、あのブスか。そうなのか?」
「しっ! ラパト様に聞かれたら……」
ブスでわるかったなこのクソガキ共。
「……そのうち落とされるんじゃない? ……父さまが言ってた」
「なら私が〈エナ〉だ」
「お、おい!」
落とされる。
その言葉を聞いた瞬間、私は立ち上がった。
ぎりっと睨むと、そいつらは舌打ちして教室から出て行った。
それを見送った後、再度椅子に座って食べかけのお弁当を口に運んだ。
咀嚼しながら考えるのはさっきクソガキ共が言っていた人物。フリーザである。
フリーザってあのフリーザかな? ドラゴンボールの。
――まさかな。
ドラゴンボールの世界じゃあるまいし。ないない。
とは思うものの、無視できない内容であることは確かなので、帰り次第本人に直接確認しようと心に決めて口の中のものを飲み下した。
+ + + + + + + + + + +
「父さん! フリーザって知ってる!?」
そう声をかけたとき、父は手に持っていた野菜を落とした。
もったいない!
私は身を乗り出した。
「あら、ずいぶんうまくなったわね」
母は相変わらず女神のような美しさだが、その手は土で汚れている。畑仕事をしていたようだ。手の土を振り払い、立ち上がるとゆったりと微笑んでトマトを指差した。
見ればトマトは潰れずに透明な球体で包まれて宙に浮いている。
地面に落ちる運命だったトマトは救われたのだ。
とっさに守ったらしい。私が。
「そ、そうかな!」
「ええ、すぐに張るなんてできなかったじゃない。練習したのかしら」
うん、と私は笑って答えた。
この星の人たちは薄い膜のようなバリア?を作ることができる。膜の事を〈壁〉って呼んでるけど、これは私も普通に作ることができる。
今だって念じたら出たのだ。簡単。
すぐ壊れるけど。
「まあそれぐらいできて当然ね。今後は歌のほうもすぐに出せるようにしなさいね」
母に返事をして地面すれすれに浮いたトマトを〈壁〉ごと掴む。
もう少し学べば自在に浮かせられるんだろうけれど、まだまだ幼児ですから。
〈壁〉をといて見てみたがトマトはどこも潰れていなければ傷すらついていない。
「父さん、はい」
トマトを渡したが反応が乏しい。
まるでそのまま固まってしまったようだ。
フリーザ様のことを聞きたいんだけどなあ。
「フリーザのことが知りたいのか」
「……うん、学校でフリーザが死んだってうわさになってて……父さんのことも……」
見上げながら言うと、言い終わる前に父は飛んで家の中に入ってしまった。
え、あれ? 話してくれるんじゃないの?
一応後を付いて行くと、双子が寝ている上を飛んで、家の奥にある物置のこれまた奥に父は着地した。
かび臭さとほこりっぽさに顔を顰めながら父の元にたどり着くと、父はばさっと布を振り上げた。
当然、ぶわっと埃が舞う。
これ全身白くなったんじゃない?
口元を袖で押さえげほげほと咳き込みながらしばらくそうしていると、次第にはっきり見えるようになる。
丸くて大きい物……見上げても天辺が見えないほどの大きさのなにかがそこにあった。
なんだろう? こんなの見たことないからなんとも表現できない。
強いて言うなら小さいドーム?のようなものに父はためらいなく手をかける。
徐々に開いていく蓋を見上げていると、上がりきる前に父が中に飛んでいった。
出入り口の枠に手をかけて中を覗き込むと、思っていたよりも広く、天井からの光が明るい。
「うわ……?」
潜り込むようにして入ると床がつるつるしていて滑る。
手をつきながら進むと扉が一つ開いていて、父がなにか操作をしているようだった。
……? 乗り物?
きょろきょろと見回していると、ビーと機械音がなった。
目を細めて画面を見てみると、学んでいる言語と似たようなものが連なっている。
≪■■■■■フリーザ様、コルド様、■■■■-52■■■チキュウ■■■-985■すべての■■■集結せよ。■■■■≫
「と、父さん。これ、フリーザ? ってチキュウって……え? これなに?」
「宇宙船だ」
あ、うん。そうなんだ……いや、そうじゃなくてさ。
ここに明らかに知ってる単語が書かれているんだけど、それは私の知っているものと同じなのかなって意味で聞いたんだけど…………。
……ん? うちゅうせん?
「俺が乗ってきたものだ」
驚いて父を見ると、淡々と画面を操作したままこちらを向きもしない。
「ここらを制圧していたんだ。お前の母親に落とされたが」
語尾はとても低い声で怖かったけどそれどころじゃない。
制圧してた? 母さんが落とした??
突っ込みどころが多すぎるよ父さん!
もうこうなるとどこからなにを聞こうか迷って口をぱくぱくさせることしかできてないけど、そんな私に構わず父は眉を顰めて画面を睨んでいた。
「ナメック星に行った後、弱っているというのは確認していたが……。ログが……父親と共にチキュウというところで死んだな」
ナメック星。
フリーザ。
地球。
……これ、間違いない。
私はぱっかりと口をあけて父を見上げた。
「あの、フリーザって」
改めて問いかけても父は答えない。しかし、画面を一通り見た後、ぼそりとつぶやいた。
「フリーザは殺しても死なん男だと思っていた。誰が殺ったのか……」
それ知ってる! 知ってるよ!
クリリンのことかー!のあれだよ!
小さいころのソウルアニメ!
そう思ったら口が勝手に動いていた。
「悟空ー! んっ? いや違うな。地球ってことはトランクスだっけ? ……あっ」
私は慌てて自分の口をふさいだ。
今どう考えてもおかしいこと口走った。興奮しすぎて自分を止められなかった馬鹿!
そろっと視線だけ父に向けると、父は私を凝視していた。
「いま、なんて言った」
口にしてしまった言葉はもう戻らない。
しかし私は口を閉ざした。無駄な足掻きである。
その証拠に父は私を猫のように掴み上げ顔を覗き込み、ものっそ低い声で問いかけた。
「ゴクウ? トランクス? 誰だ」
いやーイケメンが凄むと尾てい骨らへんがぞわぞわしますね。つまり怖いんだけど。
「……言え」
うんともすんとも言わない私に焦れたのか、父はおおよそ一般的な父親はしないであろう顔で睨みつけ、閻魔様のような声でもって脅した。私は脅しと取った。
父の顔が前世を含め生きてきた中で二番目に怖い顔だったからだ。
「ゆ、夢で見たんです……」
逆らえるわけがない。私は話す事にした。
ラディッツさんの弟さんが地球に降りて、悟空さんって名前もらって冒険して、結婚して、サイヤ人たちと闘って倒して、最終的にフリーザも倒して平和になりました。というのをさらりとだけ。
全部喋っちゃっても混乱するし、必要ないかなって……。
そしたらやっぱり「はあ?」という顔をされたが、しょうがない。まさか前世で見てた本ですなんて言えないがな。
「……お前、惑星ベジータがなんで滅んだのか知ってるのか」
「えっ、フリーザが滅ぼした……んですよね?」
父は時折質問を交えてきた。その都度答えていたが、今回は呆れでもしたのか父は険しく眉を顰めながら瞼を伏せた。そのただならぬ空気に耐えられず私はそっと顔を逸らした。
そしたらその先にまさかの母がいた。
目が合った瞬間ニヤリと笑った表情は当分忘れないだろう。
宇宙船の扉に隠れるようにして立っていた母は、覗きよろしく途中からばっちり聞いていたようで結局ばれた。
たぶんこいつ子供じゃねーなって思われてる。
話すつもりなかったのに。私はうかつ過ぎる自分を呪った。
そんな気持ち悪い子いらないって放り出されたらどうしようとびくびくしてたら、笑われた。
「変な夢を見ることは知っていたけど……あなたって間抜けねぇ。そしてお馬鹿さん。そこまで解るならこれからは容赦しないわね。内緒にしていた罰よ」
ぜひ容赦してください。私はまだ子供です。
「ベジータならともかくラディッツやナッパまで知っているとはな。……ラディッツの弟か……」
最後はつぶやくように小さく父は言った。
ちょっと口元が笑っていたのは見間違いじゃないと思う。
呆れられたんだと思ってたけど、信じてくれるらしい。
父の隣で、母は指を口にあてて考えるように天井を仰いだ。
「ねえ、フリーザが死んだのは確かなの? ……困ったわね。あの人が星に圧力をかけていたからこの星も警戒してこの人に手出ししなかったんだけど、死んでしまったなら……」
初耳である。
それってつまり、フリーザ様の名声に守られてたってことか?
「つ、捕まっちゃうの?」
「……まだ大丈夫だとは思うけれど、どうかしら……」
「ええっ」
思い出したのは学校での貴族のやり取りだ。
『そのうち落とされるんじゃない? ……父上が言ってた』
落とされる。
それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
さーと血の気が引いていく私に構わず、母はなんでもないことのようににっこり笑って言った。
「地球にでも行きましょうか。同じサイヤ人のよしみで住まわせてくれるかもしれないし」
……ん?
「え? 同じ?」
同じサイヤ人?っていった?
誰が?
母と父はびっくりしたように私を見た。
私もびっくりしてふたりを見た。
「サイヤ人のことは知っているのに自分のことはわからないの?」
なにが?
母は父を指差した後、私の鼻に人差し指を押し当て笑いながら言い放った。
「この人はサイヤ人よ。あなたは半分サイヤ人」
頭の中をサイヤ人のハーフが駆け抜けていく。つまり孫悟飯さんとトランクスさんと孫悟天さんですね。
あれ?
私は父に視線を向けてじっと一点を見つめた。
「……髪、青いよ?」
サイヤ人って黒髪なんじゃないの?
疑問をよそに、母は私を指差して言った。
「じゃああなたは何故黒髪なの?」
はっとして自分の髪を掴む。
間違うことのない、黒髪である。
「……俺はフリーザを殺すために髪を染めて他の種族に成りすましたんだ……尻尾、見るか? 生やせるぞ」
「しっぽ……」
父の言葉に呆然とそれだけ返すと、頭が働かなくなった。まるで回路がショートしたように。
なんてこったい。
それしか頭に浮かばなかった。
