17.ラク

第一部 旅編

第二章 旅立ち

17 ラク

 サイヤ人を恐れているのは私たちよりも上の世代で、年を取ってる人ほどあわを吹いて倒れた。
 先人達はいったいどんなことをしてきたのだろう。
 食べちゃったのかな。
 知りたいけど恐くて聞けない。

 跳ねた黄緑色の髪を揺らし、桃色がかった不思議な色の瞳で睨みつつ少年は言った。

「子どもだからって舐められてたらだめだろ! ちゃんと交渉しろ!」

 おっしゃる通りでございます。

 あれから黒ウサギが気絶してしまったので、見かねたこの少年が別の……とても怯えているウサギを捕まえ換金してくれた。
 無事にお金に変えられたことに安堵し、お礼を兼ねて隣の食堂でご飯をご馳走することにしたのだが……なんか、流れで今怒られている。

「きいてんのか! だめなら脅せ!」
「いやあ、それはだめでしょう」
「子どもだから許されるんだよ!」
「そうでしょうか?」

「そうだよ。じゃなきゃ損するだけだぞ」と少年は肉を食いちぎる。
 はあ、と気のない返事をしながら私は視線を下ろした。

 目の前の皿にはミートソースみたいなのがかかった短いパスタと、甘そうなピンク色のソースがかかった肉が盛られている。
 ……パスタはおいしそう。

 どうやらここは麺文化が発達しているらしい。すばらしい。

 店にはたくさんのパスタ料理と、肉系のおかずが所狭しとカウンターに並んでおり、好きなのを取って食べるビュッフェ形式。
 食べ放題ではないけど。取ったらはかって紙に書き、食べた後で会計する。
 商会の隣にあるからできる後払いなんだそうだ。まあ普通は前払いが多いよね。

「このちゅるちゅるしたのおいしい」
「これなんていうの?」

 横を見れば双子はてんこ盛りのナポリタンみたいなのをもりもり食べている。

「ペネッタ食べたこと無いのか? お前ら人生損してるな。ほらこれも食え」
「ありがとーおにいちゃん」
「トーガもー!!」

 少年は指を舐めながら左手で肉を双子の皿に移している。
 双子はほっぺを膨らませながら食べ、少年はそれを見て「コランみてぇ」とつぶやくと、自分の食事はそこそこに席を立った。
 こらんってなんだろう?

 少年は取ってきた料理を双子の皿に移しながら、せわしなく汚れた皿を重ねる。
 双子はニコニコしながら追加された肉に噛み付き、少年はそれを見て笑った。
 しかし私と視線が合うと、ぶっきらぼうに「なんだよ」と睨んだ。

「あの、子どもに慣れているんですね」
「弟がいるんだよ。手のかかるやつが。そのせいだろ」
「へえ」
「大体こんな小さいのつれて換金しようとするから巻き上げられんだよ。親はどうしたんだ」
「……いないんです。家族は三人だけで」

 旅をしてきた、と言うと少年の目は取れんばかりに見開いた。

「ちょっとまてよ! あの塩もお前ら三人だけで取ってきたってのか!?」

 え? 塩? トルシの塩?

「とってきたのー。いっぱいあったんだよー」

 剣幕にたじろいだ私を補足するようにチルが口の周りを汚したまましゃべる。
 少年は呆然と椅子にもたれ「しんじられねえ」と少年は呟いた。
 その様子に私は首を傾げた。

「あの塩はただの塩、ですよね?」
「はア?」

 なに言ってんの?と少年はあきれたように私を見た。

「あれは薬に近い塩だ。飲めば腹痛に効くし、溶かした水で体を洗うと皮膚の病にも効くらしいから火傷やけどしたやつにもよく売れる」

 え?
 それじゃあなにか?
 この間生焼けの魚とか肉とか食べても双子がお腹を壊さなかったのとか。
 ちょっと匂いがあれだった干物を食べても平気だったのは、運が良いわけでも私の腕がいいわけでもなく、塩のおかげだった?

 ……なんてこったい。自分すごいぜと思ったらちがったとか。
 はずかしー!

 知らなかった、と正直に言うと、「だろうな」と返される。「知ってたら本物の馬鹿だな」となじられた。
 馬鹿って初対面の人間にいう言葉だっただろうか。

「でもどうしてトルシの塩だってわかるんですか? 見た目は普通の岩塩だと思うんですけど」
「トルシ? 星がトルシっつーの?」
「はあ」
「ふーん。名前は知らなかったな……。あの塩の結晶は触るとを吸い取るんだよ。そのとき黄色く光るから光塩ひかりじおって呼ばれてる」
「キ?」

 知らない単語が出てきた!
 話の腰を折ってしまったが、少年は特に気にした風でもなく淡々と説明した。

は生命力って意味だ。生体エネルギーとも言うし、いろんな言い方があるけどここらでは気って呼んでる。吸い取られ続けたら死ぬぞ」

 キ……気か! ドラゴンボール的な単語がここで出てくるとは!
 でも気を吸い取って光るっていうのは気がつかなかったな……。本当の話か?
 黄色いのは光とかの反射だと思ってたんだけど。

「黒ウサギが触ったとき光ったじゃん。見てねーの? 目ぇわるいの?」

 その通りなので私はこくりと頷いた。
 少年は数回まばたきをすると視線を逸らした。そして「そうか」といって席を立つ。
 しばらくしてトレイにてんこ盛りにされた料理を持ってくると、親鳥のように双子の皿に移していく。

 あ、給仕させてすいません。

 私は自分の分をつつきつつも食べられないでいた。

「――あれはさ、あんまり積むと乗組員の気っちまってあっという間に死んじまう。だから少ししか持ってこれないんだ。遠いしな。最近無かったからヘタ商会は儲けるだろうな」
積む・・?」
「住人から買うだろうが。お前本当大丈夫か? よく旅なんてできたな」
「いえ、気を吸い取って死んでしまうなら、あんな塩いっぱいの土地に降りたら積むどころの話しじゃないような」
「……オレ行った事ねーから知らねーよ。聞いた話だっつの」

 私は首を傾げた。
 この少年の言うことが本当であれば、あの大地に普通に座っていた私は気を吸い取られて死んでいるはずだし、塩をめいっぱい詰んだ状態で旅してきた双子だって死んでなきゃおかしいことになる。
 グアイさんたちだってそうだ。あの塩を平気で持っていた。それに毎日その塩を溶かした温泉に入っていた。
 しかし、グアイさんたちはなにも言ってなかった。
 おかしいでしょどう考えても。

「あの、さっき飲めば腹痛に、水に溶かせば皮膚病に効くって言いましたよね? その状態で危なくないんですか? 気を吸い取るんだったら欠片でも近くにあったら――」

 吸い取られ続けるのでは?と続けようとしたら、少年がこれ見よがしに長いため息をはいた。

「オレにはお前らのほうが不思議だよ。みんな死ぬって聞いてるのに……」

 そこで言葉を途切れさせた少年は、わずかに眉を寄せた後傍らにあったお茶を一気に飲み干した。

「……光塩は水に溶かして使うんだ。そうすれば気を吸い取ることはなくなるからな。それに吸い取るって言っても大きさに比例するらしいから、よほど量を持たないと死ぬって事はない。……ここらで出回るのはせいぜい爪くらいの大きさだ。お前が持ってきた大きさがおかしいんだよ」

 なるほど。
 水と一緒なら気を吸い取らないのか。なら干物が大丈夫だったのもお風呂が無害だったのも理解できる。

 でもなあ。吸い取る量は大きさに比例するのかあ。おかしいなあ。
 宇宙船にたくさん積んであるんだけどなあ。積んで旅して結構たつけど吸い取られるような感じはぜんぜんなかったんだよなあ。

 たとえて言うなら歯に何か挟まっているような感じだ。
 はっきりしないもやもやとした気分になっていると、少年が「あっ」と声を上げた。

「サイヤ人だからか? オレたちより気の量が多いから、だからでかいの持っててもなんともなかったのか?」

 少年が私たちに向かって指をさして言うものだから、それを見たトーガが食器を置いてばんざいのようなポーズをとった。

「トーガはねー、こーんなおっきいやつもったことあるぞ!」
「チルもだよ! ふたりで運んだんだよ!」

 一気に口をへの字に曲げた少年は双子を見て、本当か?とでも言いたげな視線を私に向けた。

「本当です」

 付け足すのであればトーガが持ったのは自分の身長の二倍くらい大きい岩塩で、チルと二人で運んだのはその倍の大きさのものだったということくらいだ。
 塩は宇宙船より軽いから一人で大きいの持てるんだ。私はムリだけど。

 少年は手持ち無沙汰ぶさたな感じでお茶の入ったうつわを器用に手の中で回しながら「ふーん」と気のない返事をした。
 しかしすぐに双子が「おかわり!」と言ったので、ものすごく呆れたような表情に変わった。

「……お前もこんなに食うの? 店閉めなきゃならなくなるんじゃね?」
「私はこれで十分です!」
「ならいいんだけど」

 少年はトレイを持ったまま私たちに背を向けて歩き出した。また料理を持ってきてくれるらしい。
 トーガとチルは未だ勢いを損ねることなく料理に夢中だ。

 私は目の前に置かれた少し冷めた皿に目を落とした。

 ――サイヤ人だったから死ななかった。
 本当にそうなんだろうか。
 ちょっとに落ちないけど、そうだとしても死なない理由にしかならない。

 一番気になっているのはグアイさんだ。

 なぜ、教えてくれなかったんだろう。
 トルシの人たちはみんないい人たちだった。その人たちが誰一人として塩のことを教えてくれなかった。
 そんなことって有り得るか?
 それが作為的さくいてきなのだとしたら私は誰も信じられなくなるぞ。

 ……もしかして知らなかったんだろうか。
 よく考えてみるとそれが一番しっくりくるけれど、商人もたまに来るっていってたしその商人ってミミナさんとかでしょ?
 言わないって有り得る?

 つい考え込んでしまうと、少年の「ほんとよく食うな」という声の後にカタンという席に座った音が聞こえた。

 ……まあいいか。
 グアイさんの意図はわからないけれど、こうして無事に生きているわけだし。
 もう二度と会わないと思うから確認のしようもないし。
 考えるのをやめよう。

 私は双子の美味しそうにパスタをすする姿を見て、グアイさんのことはとりあえず置いといた。

 それから大分お店の料理を食べつくした後、お茶を飲みながら一息ついていると少年は伝票をぺらぺらとめくり始める。
 そして手を動かしながら唐突にしゃべった。

「お前らいつまでこの星にいるんだ?」

 うーん。歓迎されてないしなあ。

「必要なものをそろえたら出発しようと思っています」

 伝えると「ふーん」と少年からやる気のない返事を返された。
 なんだっていうんだ。

 私は妹の口をぬぐい、ふき取れていない手を拭いていた。

「じゃあそれオレが手伝ってやるよ。その代わりほかの星の話を聞かせろ」
「え!? いやいや悪いですし」

 次に弟の口元を拭きながら話していた私は力を入れすぎたらしい。
「いたい」という文句が出たが私はそれどころじゃなかった。

「だってお前、文字読めないだろ? 大手の商会なら宇宙語表記もあるけど、大体はナウネ語で書かれてる。普通最初に来たやつは案内を雇うもんだ。けどサイヤ人だからな、きっと誰もお前らにはつかねえぜ」

 な、なんだと!?

「そもそもかねの価値なんてわかってねーだろ? これいくら出すかわかんの?」

 いつの間にか計算し終えていたらしい。
 伝票をテーブルの上にみせるように置いて、少年はタンと指で叩いた。

 さっきめくってはいたけど……短時間で計算したって言うのか?
 ……頭いいな。

 じっとその伝票に書かれている文字を見るが、どう見ても丸が連なっているようにしか見えない。
 ……相場は教えてもらったが、文字は教えてもらっていない。
 でも言われたら払うって方法じゃだめなの?

 そんな私を少年は馬鹿にしたように笑い、伝票を見せて断言した。

「こんなに食うとな。普通はぼったくられる。このまま滞在して他で食ってみろ。間違いなくあさってにはその金なくなるぞ」

 恐ろしい予言に私は即座にテーブルに頭をこすりつけた。

「よろしくお願いします」

 食糧買う前に金なくなったら詰む。

 少年はよし、と伝票を叩くとにやっと笑った。

「オレの名前はラク。商人の見習いやってる。お前らの名前教えろよ」
「トーガだよ! おにいちゃんってすごいね!」
「チル。ラクおにいちゃんだね」

 双子のきらきら輝いている顔を尻目に私も自己紹介する。

 ラクさんは宇宙船の場所を聞き、近いとわかった途端立ちあがり店員を呼んだ。
 会計済ませようとしたとき、ざっと貨幣の単位から価値まで教えてもらった。
 ざっと過ぎてよくわからず首を傾げると「頭悪いな」といわれた。
 くっ、その通りである。

「全部食ってすいませんでした。ご馳走様」

 ラクさんは外に出るとき笑って店員に手を振った。

 ちゃんと挨拶するし、悪い人ではなさそうなんだよな。
 子どもだから余計そう思うのだろうか。
 この少年を害を及ぼす人間だと見極めきれず、流されるように後ろをついていく。

「お前らどんな船で来たんだ?」
「まるいやつがついてるのー」

 なぜか宇宙船見たいというので連れて行くことにしたのだが、私の内心は穏やかではない。
 あの塩見られたらまずいのではなかろうか。
 こんなに持ってんじゃねーか売れって言われたらどうしよう。
 生命線かつ貯蓄な塩をここで全部通貨に換えるわけにはいかない。
 腹痛に効くんだぞ? 塩だから腐らないだろうし、できうる限り売りたくない。
 先行き不安だし。

 ひやひやしながら宇宙船に付くと「滞在中面倒見てやるからお前ら家に来い、荷物まとめろ」と命令されてしまった。
 断ったが双子が「行く!」と言ってラクさんにまとわりついているため、しぶしぶ塩を奥に隠しながら荷物をまとめた。
 シロをつれて外に出ると、ラクさんは双子と遊びながら困ったようなあきれたような表情で私を見た。

「荷物、それ?」
「はあ、まあ、一応持てる分だけですけど」
「うん。やっぱり〈かばん〉が先か」

 かばん?

 持ってますけど、と反論する前にラクさんは双子を操縦し、歩き出す。
 するとシロがポーンと跳躍し、ラクさんの頭に乗った。

「いっでええええええええ!!」
「シロ! だめだめだめ!」
「はっぱじゃないよ!」

 いきなりシロがラクさんの頭をみ始めてしまった。
 お留守番してたからおなかが減ってたのね! 確かに緑色だけどそれは髪の毛だ!

 私はあわてて葉っぱを引っ張り出しシロに掲げるが離れようとしない。

 見ると黒くて細い足ががっちりと頭を固定しているではないか。
 シロには実は足が6本あり、められると食い込んで痛い。
 ラクさんはそれで悲鳴をあげているのだ。

 私はラクさんのひざを落とし座らせると、カニを取るがごとくシロの足を両手で開いて取った。

「いってえじゃねえか!」

 開放されたラクさんは怒り狂った。当たり前だ。

「置いて行け! そんなモン!」
「だっだめ! おなかへってたからだよ! ほら、食べさせてるから! もうきっと食べない!」
「お願い! シロも一緒じゃないとかわいそう!」

 髪の毛が湿っているラクさんのほうが可哀相だと思うんだけどなあ。

 抱いた感想としてはそれしかなかったが、双子は目をうるませてラクさんにお願いしていた。

「……うちの家族はみんなこの色なんだぞ。弟にやったら捨てるからな!」

 ラクさんが折れた。
 天使二人の泣き顔には勝てなかったらしい。

「早く行くぞ! 夜になっちまう!」

 本当、すみません。

 謝りつつラクさんの後を歩いて行くと、着くころにはすっかり辺りは夕焼けによって赤く染まっていた。


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