第一部 旅編
第二章 旅立ち
18 ホットミルク
「お客かい? ……めずらしいね」
そういって笑うラクさんのお父さんは、たれ目がちな目元が印象的な、とってもやさしそうなイケメンだった。
「わあ! ボクはトールだよ! ねえ遊ぼ! いいでしょ兄ちゃん!」
弟君は双子と年がそう変わらず、挨拶するなり困惑している双子を伴って部屋に入ってしまった。
追いかけようとすると、ラクさんに捕まえられる。
「ガキはガキ同士で遊ばせてろ。それより家においてやるんだから食費だせよ。いる間は」
そうですよね。ただではないですよね。
食堂でべらぼうに食べることを知られているので私は特に反論しなかった。
お父さんはラクさんを諌めたが、サイヤ人だというと黙った。
「今日はオレが買ってくるから金だせ」
恐喝まがいに見下し手のひらを向けてくるチンピラのようなラクさんに、怖がりなら大金が入ってる袋を渡すと、
「使う分だけでいいんだよこの馬鹿! どこに全部渡すやつがいるか!」
怒られてしまった。
「教えただろーが!」といいつつ、貨幣について再度教えてくれるラクさんに私は疑念を持った。
こいつ、ツンデレではなかろうか。
私にはツンで、双子にはデレる。なんか違うか。
金をとられ「買ってくる」というラクさんに、荷物もちとして一緒に行くというと、断られた。
「いいからあいつらと遊んでろ。弟にケガさせたら許さないからな」
「それはもう重々承知しております、っていやいや、一人じゃ持てないでしょう!」
「大丈夫だよ。家の中を案内するからおいで」
反論するとお父さんが笑いながら手招きした。
はあ、と返事をした後にはすでにラクさんは消えていた。すばやい。
部屋に案内されて、荷物を置きながら当たり障りない話をしていると、ラクさんのお父さんが思い出したように提案した。
「そういえばお風呂ってわかるかい?」
「お風呂っ!?」
「わかる? ウチにはあるんだけど……先に入るかい? ラクももう少しかかるだろうし」
いや、ぜひ入りたいけど。
厚かましくないか? そんな手厚くされるのも悪いんだけど……。
恐縮していると、ラクさんのお父さんがトール君を呼んだ。
「トールと一緒に入るといい。けどうちは使用人が今いなくてね。悪いんだけど宿みたいにはいかないよ」
いや、そもそも期待していなかったので大丈夫です。
双子とトール君と一緒に入ることになったお風呂は、脱衣所からして広かった。
「これがおふろ? おゆ?」
「うん。あったかいお湯につかるところがお風呂」
浴場に行けばトーガが不思議そうにしている。
それにラクさんの弟であるトール君が笑いながら応えた。
四人で入っても余裕なくらい湯船は大きい。私が理想とするお風呂よりも深さがないけれど、まるで銭湯並み。
豪邸だ。物の値段がわからなくてもこれはわかる。
宿屋もやってたんだろうか?
不思議に思ったのでトール君にそれとなく聞いてみることにした。
双子は大きい風呂よりも見慣れないおもちゃに目を輝かせひたすら遊んでいる。
「お母さんが死んじゃう前まではいっぱいいたの。でも今は3人だけになっちゃったんだ」
そういって桶にお湯を張るトール君。顔は心なしか沈んでいるように見える。
「家に誰もいないから、ちょっとさみしい」
そうなのか……。
かわいそうに……。
そう思っていたら、トール君はお湯の入った桶を勢い良く双子めがけて振った。
ばっしゃああああん。
大きな水音を立て、双子はお湯をかぶった。
双子の長い髪の毛がまるでシロになったみたいに顔を隠す。
遊んでいた双子はおもちゃをもったまま、固まっていた。
それを見てトール君は笑い出した。
「あはははは! へんなかお!」
トール君はいたずらっ子だったようだ。
「やったなあ!」
「きゃあ! あははは!」
双子がおもちゃや手桶にお湯を汲みお風呂場を走る。
うん、走るのはやめようね。
笑いながらお湯からよけたり、滑ってトーガがこけたり。
最終的に怒られおとなしく浸かることになる子どもたちは、今は楽しそうにお風呂場で遊んでいた。
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お風呂から上がると、広い部屋の真ん中に大きなテーブルがセッティングされていた。
その上には所狭しと料理が並べられていて、温かいのか湯気が出ている。
え!? 出前!? ……にしてはできたてのようだ。
凝視しているとラクさんが皿を渡してくる。
「さっさと食おーぜ」
「おおー!」
「わー!」
「トーガ! これたべて!」
子どもたちはお風呂で仲良くなったためか遠慮なく食べ始めた。
私は同じように座るとちょっとずつ皿に盛った。
食べてみると驚いた。
どの料理も温かいのだ。
他に誰かの気配も感じなかったから、この家で作ったというのは考えられない。
他から調達してきたならこんなに温かいわけがない。
パスタも伸びてないし、なんでこんな料理が食べられるんだろう……。
私は不思議に思いながら肉料理に手をつけた。
……しかしこの肉、なんでこんな甘酸っぱいの。
ベリー系にクリーム混ぜたようなソース。
どこの北欧だよ。ふつうに塩コショウで食べたい……。
「そういえば君たちは一体どこから来たんだい? サイヤ人は滅んだといわれているが、ハーフなんだろう?」
マグカップを傾けながらラクさんのお父さんが言う。
私は皿の上のパスタを絡めながら簡単に説明した。
両親が死んだことに至ると、お父さんとラクさんの顔は曇った。
「その年で双子を育てながら旅をするなんて、つらかっただろうに。もしこの星に住むなら手伝うよ」
「ありがとうございます。でも、気持ちだけ。準備をしたら出発します」
「そうか」
この星には住めないからな。
黙ってしまった私たちに代わるようにラクさんが訊いた。
「ほかの星はどうだったんだよ。教えろよ。特にトルシのことを」
そういえばそういう話だった。
私はシロと出会った星のことや、途中で降りた奇妙な星、穏やかな星、その他訪れた星のことを話し、双子がそうだったね、こうだったよ、と横から口を出す。
ラクさんたちは興味深そうに聞き、トール君は目をまん丸にしながら双子に話しかけていた。
その間シロが物欲しそうに擦り寄ってきたので、果物をとって食べさせる。
葉っぱしか食べなかったのに飢えたのがいけなかったのか、果物の皮や根菜も食べるようになってしまった。いいけれども。
「へえ、トルシは本当に地面いっぱいが白いのかい?」
「全部光塩かあー! すげえな!」
いろいろな星の話のうち、二人が一番食いついたのはトルシのことだった。
「トカゲさんがすんでるの! 大きいんだよ!」
「トカゲ!?」
「こわくないの?」
「みんなやさしいよ! 空に浮かんでる島に住んでるんだ!」
話せば話すほどラクさんの顔は好奇心で溢れ、お父さんの表情は驚きに変っていった。
私はこんなに話す事がなかったので頭のなかがこれまでにないくらい回転し、風呂上りからずいぶんたったというのにほてったままだった。
その熱さに浮かれ途中でラクさんに「名前で呼べ」と怒られて、笑って返すくらいには打ち解けた。
それはたぶん、私のような子どもの言うことを嘘だといわず最後まで聞いてくれたからだと思う。
楽しかった。
家族と話す穏やかさではなく好奇心が混ざった興奮気味な食事会は、私たちにとって初めてのことで印象を強く残す。
だからなのか。
子どもたちが寝静まった後は静けさがひどく耳障りに感じた。
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ベッドの上で寝息を立てている双子とシロを残し私は階下に降りた。
トイレを借りようと思ったからだ。
そんなに夜は深くない。しかし薄暗い廊下は先ほどとは打って変って独特な不気味な雰囲気を漂わせている。
トイレもちょっと怖い。
用を済ませて戻ろうとしたとき、ラクのお父さんが部屋の奥にいるのが見えた。
本を読んでなにか飲んでいるようだ。
そういえば、泊めてくれたりしたことのお礼をちゃんとしていないな。
したほうがいいかな。いいよな。
私は放たれた扉の向こうに声をかけた。
すると彼は微笑んで出会ったときと同じように手招きした。
「あ……ありがとうございます」
私は温かいマグカップを受け取りにおいをかいだ。
ホットミルクのようだった。
恐縮するわ。ただお礼を言いに来たのに飲み物をもらうなんて。
「今日は楽しかったよ。家にサイヤ人が来るから何事かと思ったけど」
そういって本を閉じるインテリ風なイケメン。イケメンはなにをやっても様になるな。
「私も楽しかったです。サイヤ人なのに、泊まらせていただいてありがとうございました」
「ラクから聞いたよ。この星はサイヤ人に害された人たちが多いから、町では大変だったようだね」
「君たちは関係ないのにね」と言われた。
私はうつむいた。
「ラクはあの通りちょっと態度が悪いだろう? それに加えて頭も口も回るものだから友達が少なくて。最近はそんな友達とも会っていない様だし、心配していたんだ」
そうなのか。友達いたのかうらやましいな。
「そしたらいきなりラクが女の子連れてくるから、もう驚いてしまって。しかもサイヤ人」
「すいません」
つい謝ってしまった。
それに対して「謝らなくてもいい」と微笑まれた。
本当イケメンだな。ラクもこれぐらい笑えばもてるだろうに。
二人して示していないのに同時に飲み物を飲むと、お父さんは困ったような顔をして切り出した。
「……そういえば、光塩のある星、トルシについてさっき話していたよね? あの話は本当?」
「え?」
「不思議に思っているんだ。どうして君たちは白い大地の上に着陸したのに脱出できたんだい?」
ああ、それか。それについてはサイヤ人だから普通の人よりも気が多くて無事だったのではないか、という話になったんだった。
そう伝えると、ラクのお父さんは別の本を開いてページを送りながら話しだした。
「光塩が吸い取るのは気だけじゃないんだ。エネルギーならなんでも吸い取ってしまう。白い大地に降りてしまった宇宙船は打ちあがることが難しい。燃料も消えてしまうからね」
「はい?」
ラクのお父さんはあるページで手を止めた。
そのページを見せながら更に語る。
「燃料が満タンまで入っているならまだしも減った状態の宇宙船がその大地に降りてしまうと、外で確認しているうちに飛び立つ燃料が無くなっている、というのが光塩を取る商人の通説になっている。どうやら人が死ぬよりも早く燃料のほうがなくなってしまうらしい」
目を見開いた。
「持って帰ろうにも欠片ぐらいしか手に入らないし、手こずるようなら脱出できなくなってしまう。その見極めが難しく光塩を求める商人はことごとく死んでいる。君たちはなにも知らずに宇宙船で塩の大地に降りたのだろう? どうしてここに来ることができたんだい?」
言われたことが、信じられなかった。
「私たちは確かに降りて、空から降りてきた人を助けて。その人の言われるまま……」
一度グアイさんを送り届けた後「宇宙船持って来たほうがいい。塩で埋もれてしまうかもしれない」といわれた私たちは、特に疑問も抱かず荷物が減って軽くなった宇宙船を三人で島まで持っていった。
宇宙船の燃料は水とエネルギー、つまり太陽光か自分たちの気だ。
……確かに水は減ってたような気がするけど、それ以外の残量なんて気にしたことない。宇宙船が勝手に気を吸い取ってるらしく常にマックスだからだ。
そういうと、ラクのお父さんは「その宇宙船は古いものじゃないか?」と聞いてきた。
「父のものなのでよくわからないですけど、昔のものだとは言ってました」
「搭乗者のエネルギーを宇宙船の燃料に変える仕組みは今どの星でも禁止されている。作られていないから世界に残っている数は限りなく少ないはずだが……」
ラクのお父さんは息を長く吐いた。
「――とても幸運だ。いや、強運かな。宇宙船があって、現地の人に会うことができて、そして君たちがサイヤ人だったから死ななかったんだね」
私の顔は強張った。
「トカゲのような人たちが住んでいると言ったけど、その人たちが暮らす島に辿り着ければ儲けものらしい。彼らは光塩の吸い取る力を遮断できるからね。君も光塩をもらったなら一緒に手に入れなかったかい? 彼らが編んだ布を。その布に包まれた光塩はなにも吸い取らないから大量に持って帰ることができるんだ」
頭の中に過ぎったのは、皆が編んでくれた袋だ。
好きなものを持っていけばいいといわれて、塩を入れる袋とは別にもらったのものもある。
そこに他意は感じられなかった。
そうか、その袋に私たちは守られていたのか。
「でも島は動いているんだろう? 結構な速さだと書いてある。その島へ着くのは奇跡だといわれているみたいだから、君たちは本当に運がいい」
ラクのお父さんは私に本を見せながら目を細めた。
「光塩ばかり有名で、実際にある星については情報が少ないんだ。この本も、伝手を頼って借りたようなものでね。まさか実際に行ったことがある人物がやってくるとは思わなかった」
マグを握る手が震えた。
「ちょうど光塩について調べている最中だったんだよ。ラクが……取り扱いたいらしくてね。私は最近まで気づかなくて……ラクの友達が心配して教えてくれたんだ」
本をしまい椅子にもたれると、ラクのお父さんは机の上の写真に目を向けた。
すこし遠くて見えなかったが家族写真のようなものだろうか。
「家はもともと妻が亡くなるまではここで一番大きい商会だったんだ。妻は女傑でね。私はその支えになっていたんだが代わりになることはできなかった。今では小さい取引をして食いつないでいくしかなくて……ラクは昔に戻りたいようなんだ。光塩の取引は儲かるから、それでうちの商会を盛り上げたいんだと思う」
でも、と悲しそうにラクのお父さんは目を伏せた。
「君たちの話を聞いて、無理だと思った。ラクは行ったら死んでしまう」
放たれた言葉の重さが、私の喉を押しつぶしたように、私の声はかすれた。
「そ、そんな、ことは」
ラクのお父さんはうなだれ、頭を振った。
「星をつなぐ商人に必要なものは交渉術でも計算力でもない。運だ」
言いたい事はわかる気がした。
貨幣の扱いがわからなくても取引はできる。
計算ができなくても、できない相手のほうが多いから。
口が回らなくても、通じないと意味がないから。
「私の親こそ流れの商人だったが、私自身はこの星でしか商売をしたことがない。妻もそうだったしラクもその姿を見て育った。ラクは計算も速く口も達者で頭も悪くない。でも、それだけしかない。数ある取引の中から一番儲けの出るものを引き当てることができない」
ヘタ商会でラクは黒ウサギの買取価格にけちをつけた。
あのとき指で指し示した金額は、かけらしか出回っていないのに大きさを比べて瞬時に答えを出したんだろう。
食堂で伝票を計算した時だって、暗算だったじゃないか。
すべてすごいなとしか思わなかった。
「妻はなんとなくで取引したものが当たる人だった。ラクにはそれは受け継がれなかった。ラクはまだ若く努力すればできると思っている。でもそれはなにも」
知らないだけだ。
『あれはさ、あんまり積むと乗組員の気吸っちまってあっという間に死んじまう。だから少ししか持ってこれないんだ。最近なかったからヘタ商会は儲けるだろうな』
『欲しいのと交換するだろうが住人と。お前本当大丈夫か? よく旅なんてできたな』
『オレ行った事ねーからしらねーよ。聞いた話だっつの』
ラクは行けば手に入ると思っている。
私みたいな子どもでもできたんだから簡単そうだと、さっきも話していたから。
中途半端にしか知らないんだ。
ラクは燃料を吸い取ることも、グアイさんたちの布がないとそれを防ぐ術がないことも、宇宙船が飛び立てなくてたくさんの商人が死んでいることも、持って帰ってくることの本当の難しさも、知らないんだ。
頭の中にはトルシの話を真剣に聞いているラクの顔と、トルシの大地に朽ちていた宇宙船が交互に浮かぶ。
マグの中を見るとミルクには膜が張っていた。
「君はこの星から出て行くといったね。泊まらせる対価として、上乗せしてもいいだろうか」
顔を上げると、ラクのお父さんの垂れた目じりに皺が刻まれた。
「ラクを説得して欲しい。やめるようにと」
ぎゅっと胃が縮まったような不快感がこみ上げた。
夕飯のとき、ラクはすごく楽しそうにトルシの話を聞いていた。
なのに自分が行けないとわかったとき、ラクは苦しい思いをするんじゃないか?
それを私にやれと?
「君には一番説得力がある。お願いだ。できなくてもいい。でもサイヤ人を泊めたってコトで醜聞になるから、お金は多くもらおうかな」
「ひ、ひどい」
困ったように笑うイケメンは本物の商人だった!
私は冷めたミルクを飲み干そうと傾けた。
「ごめんね、もう君しかいないから。この機を私は逃すことができないんだよ」
飲み干した後、口がへの字になるのがわかった。
謝るなんて、断れないじゃないか。本当にひどい。
「できる限りの努力はします」
そういうと、「ありがとう」と頭を撫でられた。
私はなにも言えず、そのまま寝室に帰った。
精神的につらい仕事を押し付けられてしまった……。
あーあ。せっかく仲良くなったとおもったのになあ。
夜も更けて、布団にもぐりながら私はため息をついた。
