19.ペラッペラなかばん

第一部 旅編

第二章 旅立ち

19 ペラッペラなかばん

 次の日の朝、ラクに会うのが少しこわかった。

 昨晩はとっても楽しく話せたのに、すべてを話してしまったらがっかりさせてしまうかな、とか。
 でも言わないでいるとラクはトルシに行こうとするだろうから、それは止めないとまずくないか?とか。
 むしろどうやって伝えたらいいんだろう、とか。

 そんな考えがぐるぐる回り続ける中の廊下。
 一家いっかにばったり出会った。
 私が少したどたどしくラクに挨拶するのに対し、ラクのお父さんは何事もなかったかのようにさわやかに話しかけてきた。
 出会った時とは違う、どこかあつを感じさせる笑顔。
 やりげろよ?って言われているような、そんな感じ。

 こう、裏で考えが違うってわかるイケメンを見た後だと、口が悪いだけのラクがとてもかわいく見えてしまうのも仕方ないことだよね。

 そんな私はラクとともに買い物に行くことになった。

 双子たちはラクの弟と一緒にお父さんが見ていてくれている。
 私は不安で離れがたかったが、弟君のおもちゃは二人を夢中にさせ私には見向きもしなかった。
 おもちゃに負けた姉!
 ラクは悲しみにくれている私を引きずりながら、茶色くてふるめかしい建物につれてきた。

「ねえ、ヘタ商会のマークがついてるよ?」
「だからなんだよ。お前らに必要なもんは大手の商会じゃないとなーいーの!」

 中に入ると狭いながらも均等に並べられているそれに私は目を見張った。
 小さくうすっぺらーな財布にしか見えなかったからだ。
 近くで見てもほかのをみてもペッタンコ。
 なんていうの? 前世で紙のサイズでB5とかA4とかあったじゃない。そんな違いだけですべて2D、奥行きがない。

 奥のカウンターの前には眼鏡をかけたウサギさんがいて、目が合うとにっこり微笑まれた。
 め、眼鏡だ! かばんより大事じゃないか? 眼鏡買わなきゃ!
 私が眼鏡を凝視していると、ラクに小突かれた。

「カード出せ」

 ラクに言われるままもらったカードを出すと、眼鏡ウサギさんは目元を細めて微笑んだ。

「どのようなものをお探しですか」

 とてもかわいらしいウサギさんなのに、低音のいい声……。
 姿とギャップがありすぎて、無駄にぞわぞわさせられてしまった。
 やめてほしい。耳に響いて残る。

 少しばかり立ち尽くしてしまった私をよそに、ラクは前に出てウサギさんと話し始めた。
「容量がでかくて丈夫なやつ」
 私がわかった単語はそれだけだった。よくわからない専門用語が飛び交っていたため理解するのを早々にあきらめた私は、その後ウサギさんの低音ボイスにひたすら耳が持っていかれないように耐えていた。

「いくつか出してもらえませんか? 見てもらわないと、わからないだろうし」

 ウサギさんと話していたラクがチラッと私を見た。

 ……私はこの紙幣しへいしか入らなそうなものを買わされるのか?
 というかあの薄っぺらさでは今持ってる分も入らんわ。
 ないわー。

 じと目でラクを見ていたら、「こっちに来て見ろ」と言われたのでカウンターのまん前に立つことになった。

「こちらがお勧めですよ」

 このウサギの店員さん、すごくいい声をしているからか弾みで返事をしてしまいそうでこわい。
 そんな店員さんが出してきたものもまたペッタンコーなかばん?だった。
 大きさは両手のひらより大きいくらい。素材はジャージっぽいのと、つるつるしてるのと、皮っぽいの。
 ジャージっぽいのはマリンカラーでボタンがいっぱい付いてる。
 つるつるしてるのは白色でなにも付いていない。
 皮っぽいのは花があしらわれている。

「どれ?」

 デザイン自体は装飾がなにも付いて無いつるつるしてるのがすきなんだけど。
 白いつるつるしたものを見ていると、「じゃあこれな」とラクは店員さんに手渡した。

 !? 見ただけなのに!

 私が驚いているうちに店員さんはそのかばんを持って後ろに下がってしまった。

「ラク、私買うつもりなんか!」
「絶対必要」

「買わないなんてありえない」とまで言われた。
 ど、どういうことだ。

「あれだけじゃあ心もとないからほかに何個か買おうぜ。小さいのがいいか?」

 マジで意味がわからない。
 ぺたんこかばんが旅に何の役に立つというのだ。
 次の星に行ったら売れってのか!?

 悶々とラクを睨んでいると、店員さんがお待たせしましたと優雅に出てきた。

「開けてご確認をお願い致します」

 手袋をつけた店員さんからかばんを受け取り胡散臭げに私は開いた。
 がま口のがまじゃない口といえばいいのか?
 中央に金属の出っ張りがあってそれを左右に開く仕組みらしい。
 口の部分は柔らかく、ワイヤーが入っているようにたわんだ。
 開いて、見る。

 ん?

 再度同じようにして開けてみる。

 あれ?

「ぶふう!」

 ラクが堪えきれないといった風に噴出ふきだす。
 店員さんもにこにこと笑っている。
 しかし私はそれ所ではない。再度さいど中に目を落とす。
 ――――やっぱり、無い。

 底が、ない。

「こちらでお試しいたしますか」

 そういって差し出されたのは小さめの酒瓶だった。
 外見だけ見れば絶対入らない大きさ。
 しかし中を見た後だと、断言できなかった。

 ラクは笑いながら瓶を受け取り、『ぽいっ』と入れた。
 いとも簡単に『ぽいっ』と。

 つっかかることもなかった。
 口が大きく開き、難なく瓶を飲み込んだ〈かばん〉は元の形状に戻る。
 瓶は〈かばん〉の中――球体に包まれて黒い背景を背に、ぽっかり浮かんでいた。

 なんかこれ、見たことある……。

 私が黙ってるのをよそに、まだあった酒瓶を次々入れていく。するとそれらも球体に包まれて小さくなり浮かんだ。

「はい、手突っ込んでー欲しいの手にとってー」

 ど、どうやって?
 とりあえずラクに言われるまま、手を突っ込んだ私は適当に指差した。
 すると手に当たる感触がして掴んだら手には選んだ酒瓶が納まっていた。

「はい次はそれ掴んだままいれてー」

 もうすでに私は物言わぬ人形と化していた。
 瓶をもったまま右から左へ動かすと並んでいた瓶たちが小さくなった。
 そしてあいたところに手に持ってたビンを放すとひとつだけぽつんと瓶が浮かんだ。
 最後に左から右へ手を動かすと瓶がいっぱいのところに戻る。

 これはあれだ。

 スマホの画面によく似ている。

 え、まじで?

 ウサギの店員さんの声を聞いて感じたぞわぞわよりも数段違う、血の気が引くようなぞわぞわが、私の全身を襲った。

「わかったかよ? これで荷物いっぱい持てるだろ?」

 ラクはニヤニヤ笑っていたが、こちとら普通に返事ができる状態じゃなかった。
 たとえるなら今までそろばん使ってたのにいきなりパソコン渡されたみたいな、石槍使ってたのに銃渡されたみたいな、そんな心境。
 理解できない文明の代物を手にし、その価値が理解できたとき、鳥肌を通り越す衝撃を受けるんだなってことはわかった。

「こちら、中に入れたものはそのままの状態で保存されます。取り出すまで時間経過しませんので入れるものには注意してくださいね。虫以下の生き物は菌含め死んでしまいますが、それ以上の生き物は生きていると入らないように設計されていますので、誤使用にお気をつけください」
「……はあ」

 諸注意を述べる店員さんの声は、もう気にならない。それよりも目の前のチート道具から目が放せなかった。

「おーい。大丈夫かよ? 聞いてるか?」

 ラクが私の目の前で手を振る。

「お伝えした内容はこちらの冊子に詳しく書かれています。後で読まれたほうがよろしいかと」

 読めない場合はどうすれば?

「ご安心ください。ヘタ商会は宇宙をまたにかける大商会。ちゃんと宇宙語訳のものもございます」

 ボーっとしていたら思っていたことがそのまま口に出ていたらしい。
 店員さんは動じることもなく答えると、微笑みながら「少々お待ちください」といって中身を出している。
 それをじっと見続け、じわじわと実感した私は興奮のあまり震えた。

 これ……、この〈かばん〉……これに食べ物入れれば、飢えないじゃん!

 私の目はカッと見開いた。

「他には!? あといくつ買える!?」
「お、おお? いきなりどうした??」
「向こうの棚が手のひらサイズからの小物を置いていまして、右側に肩掛けなどの大きいサイズが並んでおります。よろしければご覧ください」

 詰め寄ったラクより的確なアドバイスをくれた店員さんの言うとおり棚に向かい、双子用に2つ、自分のやつが壊れた場合に1つと小さいやつ2つ適当に選びラクに差し出す。

「買える!?」
「そんなに? 余裕だけど」
「だってもう来れないかもしれないし、使い始めたらこれが無い生活に戻れなさそうだし!」
「否定はしねーよ。でも来れないってんならもっと買っといたら? 壊れたら修理できないだろ」

 その通りだ!!
 私はラクの言うとおり追加で更に購入することにした。
 しかし数が多く準備に時間がかかるというので、まずお金を支払い、最初のだけもらって、後で残りを取りにくることになった。

 お店から出るとき、ついでに眼鏡のことを聞いたら伊達眼鏡だった。
「ここでは目が悪かったら義眼にしてしまうんです」と店員さんは困ったように微笑んだ。
 ラクはかわいそうな子を見るような目で私を見つめ、「それは医者だな、いく?」と言った。

 行かない!
 義眼じゃない!! 眼鏡がいいのよ!

 手術怖いという本音は駄々漏れで、ラクがぽんぽんと頭を叩いたけど。

「そういえば光塩まだあるのか? あるならそれには入れるなよ」
「どうして?」

 すばらしい買い物をした後、ラクの勧めで水筒も買う事にした。
 その店に向かう途中思い出したようにラクは言った。

「気を吸い取るって言ったろ。中に入れちまうと四六時中ずっと持ってるのと同じになる。本当は気を遮断できる袋に入れればいいんだけどな。数がないからたぶん手に入らない。どんくらい持ってるかはしらねーが、絶対入れるなよ」
「わかった」

 あぶないあぶない。聞かないと直で全部入れるところだった。量あるから邪魔だし。
 ラクにあの量見せたら驚くんだろうな……。んでもって取りに行きたがるんだろうな……。……見せないようにしよう。

 その後入ったのは狸のマークのお店だ。
 水筒や貼ると温度をキープする付箋?や割れないコップ、水で汚れを落とすスポンジなどの日用品があり、目ぼしいものは全部買った。

 水筒――といっても密閉できるガラス瓶のようなものなのだけど、それも〈かばん〉と同じく『特別製』らしく、なんでも入るようだった。納める量は所持者のエネルギーの大きさに比例する。〈かばん〉といっしょだ。
 その理屈でいくと、サイヤ人が水筒を湖とかに置いたら水が全部なくなってしまいそうだ。

 温度をキープする付箋?はその名のとおり、料理の乗っかった皿やなべに貼り付ければ温かい料理は温かいまま、冷たいものは冷たいまま食べることができる道具である。
 昨日ラクがたくさんの料理を温かいままで出せたのはこれのおかげだったのだ。

 特出しているのはその2点であとは普通の日用品だ。普通というのはある程度発達した星ならどこでも売ってそうなものだということだ。

 いろんなものを買ったけれど、『特別製』な道具は高い。
 〈かばん〉も水筒も付箋も、前世で言うところの家電製品並みに高い。

 そんなものをぽんぽん買えてしまうのだ。光塩一塊で。

 そりゃあ確かに取ってこれたら一攫千金いっかくせんきんだ。ラクも狙うよなあ、と実感させられた買い物だった。


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