20.焼き鳥

第一部 旅編

第二章 旅立ち

20 焼き鳥

 無限収納かばん。
 この〈かばん〉がなんでも物をその身に収めたとき、私は考えた。

 これ、地球いけるんじゃない?

 今までは食料を宇宙船の狭い保存庫にパンパンに詰めて、その他にも積み上げていた。
 でもそれよりも多く腐らせず持っておける。

 〈かばん〉だっていっぱい買ったし、双子にも持たせれば収納はさらに増える。
 余裕じゃないか――……と考えて冷静になる。

 これが油断と言うのではなかろうか。
 ダメだ。保留にしよう。
 ぐるぐると回る頭をそのままに私は眠った。

 + + + + + + + + + + + 

 次の日。
 お昼ご飯を食べてから、旅に必要な食料などを買占め、いやそろえる為に買い物に出かけた。

「今日はいちが立つ日だからそっちに行くぞ」

 そう言われて連れて行かれた場所は屋台がたくさん出ている、まるで祭りのようなところだった。

 私は興奮した。
 屋台がある! 買い食いをせねば!

 市は頻繁ひんぱんに開かれているようで、ラクはすいすいと目当ての店に私を引っ張り交渉すると、さくさくと荷物を増やしていった。

「ともだちか?」

 大体の屋台でラクが交渉すると決まってそう聞かれた。
 ラクは「まあな」と言って否定しない。肯定している様子をじっと見ていたら「何だよ」と小突かれた。

 ラクはやっぱり計算が速い。交渉も上手いようだ。
「持ってけドロボー!」なんてはじめてきいたし、どんどん安くなる価格に私の目は見開くことしかできない。

 食べ物から日用品、衣類に消耗品、すべて購入し、すべて〈かばん〉に入ったときは震えた。
 ちっぽけなぺったんこの〈かばん〉。
 見た目からはどれくらい入っているのか想像できないが、宇宙船の保存庫よりはるかに多くのものを収納できている。
 しかもまだ入るようだ。
 ラクが「うそだろ。そんなに入んのかよ」と驚いたように口にしたので、サイヤ人だからね!と返したくなったが堪えた。
 ……こんなど真ん中でそんなことを言ったら全部の店が倒れてしまうかもしれないからだ。

 ともかく、友達だといわれた私はこそばゆい気持ちをそのままにラクの隣を歩く。

 粗方見終わったころ、一つの屋台に目が止まった。
 焼き鳥だ。
 ……いや、鳥なのかはわからない。でも串に刺さっている見た目が、焼き鳥だった。

「ラク、あれ食べたい」
「あ? ……ああ、リトヤンか。じゃあお前買えよ。オレ飲み物買ってくるから」

 焼き鳥はリトヤンと言うのか。
 なんとも噛みそうな名前だ。

 二手に分かれて買い物を済ませ広場で落ち合う。
 外れでラクが買って来た果実の牛乳割を飲みながら私たちは焼き鳥を頬張った。

「ねえ、ラクはなんでこんなによくしてくれるの?」

 この焼き鳥はたれが甘辛く私の味覚に合った。だからだろうか、気分が良くなった私は気安く聞いた。
 ラクは大き目の焼き鳥をかじりつきながら串から外しそっぽ向いた。

「会ったばかりだし、サ……人だし、なんでこんなに世話してくれるの?」

 最初ラクに取引を持ちかけられたとき、あまり期待していなかった。
 トルシのことにしても、光塩についても、聞くだけ聞いてサヨナラされるのかなーと頭のどこかで疑っていた。
 それがまさか家に泊まらせてくれて、ちゃんと準備も手伝ってくれるなんて、話一つでそこまでしてくれるとは想定してなかったんだ。
 家に招かれたとき躊躇ったのも怪しかったからだし。
 出会ったとき周りみんなに阿鼻叫喚あびきょうかんされた種族だぞ? そんな他人を家に泊まらせるか?

 話しだけなんて割に合わないじゃん。
 光塩の価値は昨日の買い物で理解したつもりだけれど、それを差し引いても不思議だったのだ。

 これで「よくしてやったんだから光塩くれ」って言われたらまだ納得できるんだけど。

 ラクの顔を覗き込むと、眉間に皺が刻まれた。

「教えてくれてもいいじゃない。家に泊まった仲でしょ?」

 ラクは目を見開き、顔が赤く染まった。
 私は焼き鳥にかじりついた。

「勘違いしてんじゃねー! お前の弟妹がかわいそうだから助けてやったんだよ!」

 ツンデレらしい反応に危うく焼き鳥を噴出すところだった。

「でかい光塩をあんなはした金で売ろうとするから、お前みたいな姉ちゃんだとかわいそうだと思って! 面倒見てやろうと思ったんだよ! 別にお前のためなんかじゃねえ! ばーか!」

 真っ赤になって言われても説得力ないなあ。

「なんだよ! お前なんかオレがいなきゃ買い物もできなかったくせに! 頭悪いんだからそんなこと考えんな! ばーか!」

 やっと食べ終えたので言い返すことにする。

「だって友達だって言うから。……気になったんだもん」

 そういって木のカップに口つけると、ラクは黙った。

「そういうのいなかったから、ちょっと嬉しかった」

 いわれたこともなかった。だから嬉しいと素直に思ったから言ったのに。
 行儀悪くカップに口つけながら言うと、「だっせえ」とつぶやかれた。

「お前友達いねえの。すげーだっせえ」
「できなかったのさ」

 私はかまわずカップの中身を飲み干した。
 するとカップのそこにかわいいりんごのようなマークが見える。わざわざ模様が刻んであるようだ。
 かわいい……。

「しょうがねーな。どうせいなくなるからそれまで友達になってやる」
「カップの底にりんごが彫ってある!」
「きいてねーのかよ。しかもりんごじゃねーしスイカだし」
「ええ? すいか?」
「しょうもねーやつだなー」

 帰るぞ、と言って立ち上がったラクに続いて私も歩き出した。

 楽しかった。
 その一言に尽きる。
 そんな風に掛け合いができる友達は今世うまれてから今に至るまでいなかった。
 子ども扱いされない、何気ない会話というものが私にとってとても新鮮に感じられたのだ。だから舞い上がった。
 わくわく高揚した気分のまま、私はラクの隣を歩いた。

「――そういえばずっと気になってたけど、首の包帯なんなの? 三人ともしてるよな。なんかあんの?」

 しばらく歩いて、ラクは言った。
 私は驚いて咄嗟に首を押さえた。

「なにも、ない」
「じゃあ取れよ」
「や、やだ」
「なんだよ友達じゃねーのかよ。とって見せろよ。隠し事はよくないぜー」

 くっ! こいつ勘違いすんなとか言ってたくせに!
 ええい後ろに回るな!

「とれって。怪我してるのかと思ってたけどそうじゃねーんだろ? トールが心配してたんだよ。風呂でもはずさねえって」
「うっ」

 私は悩んで、深呼吸した。それに伴ってラクは歩みを止めた。

「この星ってさ、商人が多いけどその……奴隷とかっている?」
「話変えんなよ。奴隷は普通にいるけどそれがなんだよ」
「ラクは奴隷を扱ったことある?」
「ない。管理がめんどくさいじゃん、生き物って。少しの傷や病気でも価値が下がるし、それにかかる費用も馬鹿にならない。そもそもうちの客層と合わないしな。警察にも目を付けられやすくなるし、そこまでしてやる利益はねえよ」

 すごくシビアな答えが返ってきた。

「そういう奴隷を扱う人たちと仲いい?」
「なんなんだよ。接点すらねーよ、そんなやつらとは。だって人のことじろじろ見るんだぜ? 値踏ねぶみされんの気分悪ぃから付きあわねえよ」

 そうか。ならいいのかな。話しても。
 ラクはうそは言わない。馬鹿にしても口が悪くてもうそは言わなかった。
 私はあたりを見回すと道から見えないところにラクを引っ張った。

「なんだよ、そっちじゃねーよ。家はあっち。忘れたのか? うそだろ」
「違う」

 私はラクを黙らせると背を向けながら首の布をとった。

「みせてくれんの? やっぱ怪我じゃな」

 途中でラクの声が途切れた。
 私はかまわずすべてをさらした。
 布を取った頭の後ろ、首の中央にそれはあるはずだ。
 親の色を受け継いだ黒い一対いっついはね

「お……前、セーリヤ……人かよ」

 隠すようにつぶやかれた言葉に、やっぱり有名なのかと心が沈んだ。

「早く隠せ! ばか!」

 ラクがそういって急かすのですばやく巻きつける。毎日やっているので手馴れたものだ。
 終わってラクを見ると口がへの字に曲がっていた。

「ラクが見せろっていったんじゃん」
「まさかそうだとは考えてなかったっつーの」
「勝手だなあ」
「お前もう見せんなよ。目つけられたら終わりだぞ」

 至極真面目な顔で話す様はまるで言い聞かせているように感じる。

「わかってるよ」

 そう言って踵を返すと「わかってねーよ」と怒られた。

「隠し通せよ。トールにはうまく言っとく」

 そうして二人で一緒にまた歩き出すと、唐突にラクが「あー」と言い出した。
 ラクを見上げると片手で耳の後ろをかき、こちらを見ようとしない。

「お前が見せるなら、オレだって言わなきゃ公平じゃねーじゃん」

 何のことだ?
 ラクはすねたように口を尖らせた後「まだ誰にも言ってないんだけど」と前置きして語り始めた。

「お前が持ってた光塩、オレはそれを取引する商人になりたいんだよ」

 息が止まるかと思った。

「家は見た通り小さい商会で、父親しかいないだろ? 親父はそれなりにやってるけど、小さい取引しかまとまんねえから儲けがあんまでない」

 ラクの黄緑色の髪が風に吹かれて跳ねた。

「オレだってもうすぐ正式に働けるようになる。その時扱ってみたいと思ったのが光塩でさ、危険だけどその分金になる。オレはそれを専門に扱う商人になりたいんだ。なのに」

「おまえ出しただろ。ヘタ商会で」と、ラクは地面に転がっている石を蹴った。

「すげー腹立ったんだからな。オレよりちっちぇやつがあんなでかいの持ってきて、はした金でうっぱらおうとしてんの。……まあ星のこと知れたからいいけどよ」

 やめてよ。言わなくていいよ。
 そう思うのに、私は続きを促していた。

「ラクは働けるようになったら宇宙船買うの? なかったよね?」

 私はラクの隣を歩いていた。
 ラクは肩をまわしながらめんどくさそうに答えた。

「宇宙船もねーし金もねーよ。親父を手伝って働いて金貯めて宇宙船買って、人雇って。行ける様になるまでがなげえな。あーあ早く光塩取りに行きてー」

 最後に背を延ばしながら、秘密をごまかすように語尾を延ばす姿に私は笑って応じた、と思う。

「いまオレ隠してることコレしかないし、これで公平だろ」

 な、と照れたように笑うラクを見て、私は泣きたくなった。
 ぜんぜん公平じゃないよ。それ知ってるよ。

 でも。

「だめだよ。ラクが行ったら死んじゃうよ」

 言わないとそれこそ公平じゃない気がした。

「ラクはこの星から出ないほうがいい。ラクは頭がいいからここのほうが稼げる」

 私は歩みを止めた。
 ラクも止まった。
 困惑の色が濃かったその目にうっすらと怒りが灯ったように見えた。

「なんだよえらそーに。稼げねえから取りにいくんだよ。本当、馬鹿だなお前」

 さわさわと風が二人の間を通った気がした。

「だってたくさん宇宙船が転がってたよ。みんなちてた。光塩の大地は水もなければ木も生えてない。誰も住んでないし住めない」
「きいたっつーの。そんで上に島があるんだろ? なにがいいてぇの?」
「塩の大地は燃料も吸い取るんだよ。吸い取られる前に飛ばないと飛べなくなる。積んでも吸い取られる。どうやって帰ってくるの? ラクは空も飛べないから島にもいけない」

 ラクは驚きでなのか顔が蒼白になった。しかし負けじと抵抗する。
 私はそれに対して淡々と述べた。

「飛ぶ道具くらい持っていくっつうの! ってかそのコトをいえよ最初に!」
「島は高度が高くて動くのも早い。それにひとつしかない。探して飛んで島に行ってる間に燃料は無くなる。ここの宇宙船は液体燃料で動いてるって聞いたよ。島には燃料になるものがない。火を使わないし宇宙船なんてないから。そのまま暮らすの?」
「取り出して持ってけばいいだろ! 積んでいけば!」
「それで帰る時補給するの? そうしているうちになくなってしまうんじゃない? 燃料のほうが早く吸い取られるみたいだから」

 最初にこの星でお世話になった役人さんが言っていた。
 燃料を補給するならこの星は液体のしかないぞって。ほぼ全部の宇宙船がそうだから、ほかのタイプだったら商会に直接交渉しろって言われていた。

「私たちが生きて帰ってこれたのはサイヤ人で気の量が多かったからと、運が良かったからだよ。ラクはどっちも当てはまらないんじゃないの」

 憤怒、とはこういうことを言うのだろうか。
 ラクの顔は赤く染まり、体は小刻みに震えている。
 眼光は射殺さんばかりに私を貫いた。

「知ってていわなかったのかよ! お前なんか友達なんかじゃねえ、恩を仇で返しやがって」

 声は震えていた。

「そんなつもりなかったよ。ラクがあれを採ってこようとするとは考えてなかった。やめようよ。ラクには死んで欲しくない」
「うるせーよ! えらそーにしゃべんな! むかつく!」
「いやだよしゃべるよ」

 あーあ。
 なんてことをさせるんだ。
 友達ができたかもしれないのになあ。

「ともだちなんでしょ」

 どの口がものをいうのかと笑いたくなった。
 ラクもきっとそう思ったのに違いない。

「黙れよ!!」

 ラクは聞きたくない、といった風に怒鳴ると俯いてそのまま黙ってしまった。

 ――その姿に、胸が苦しくなるくらい締め付けられた。
 ゆっくり息をはいた後、私は歩き始めた。

 しばらくしてラクも歩き出した気配がした。
 さっきまで一歩の距離よりも近いところにいたのに、今は遠く離れた距離で歩いている。
 家についてもそれは変らず。
 ラクは黙ったまま、私も黙ったまま晩御飯の時間になってしまった。

 食べているときに、私は明日立つと皆に伝えた。
 その時ラクにお礼を言ったが、こちらを見もせずに無視された。

 夜寝る前にラクのお父さんに無理でしたと告げると、「そうかい?」と困ったように微笑まれた。
 私はそれに腹立たしさを感じながら夜を過ごすことになった。

 朝起きて、台所に立つと食材は用意されていて。
 私は黙ってそれを料理した。

 朝食の時間を過ぎてもラクは現れなかった。


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