21.りんご

第一部 旅編

第二章 旅立ち

21 りんご

 部屋を片付け最後にお風呂を堪能させてもらい、なんだかんだしていたらお昼を過ぎてしまった。
 〈かばん〉と荷物を持ち、その重さの違いにしみじみと思う。
 〈かばん〉最高。この中に何か月分もの食料が食べられる状態のまま入っているなんて!

「もう行くのかい」
「はい。お世話になりました」

 ラクのお父さんに挨拶をすると「ちょっと待ってて」と言いながら部屋に戻っていった。
 そして大きな本を一冊持って来たかと思うと差し出した。

「図鑑だよ。絵がのっているからわかりやすいと思う。これがあれば旅も楽になるはずだ」

 確かに写真のような色つきの絵が載っていて、言葉は宇宙語だ。
 ぱらっとめくって見ると食べ物から生き物までついていて、なおかつこの星だけではなくほかの星のものまで書かれている。

 確かにあれば勉強になるだろうし、助かるけれど……こんな高そうな本、もらえない。
 断っても、お詫びだからといって取り合ってくれず、渋々いただくことにした。

「そういえば〈お守り〉は買ったかい?」
「おまもり?」
「そう。旅をするなら必要になる。……ラクはなにも言わなかったのかい?」

 頷くとラクのお父さんは地図を広げた。
 宇宙船の港?の前にあるお店を指差し、見送りついでに一緒に行こうと誘われた。

「ラクにいちゃんは?」
「かえってこないの?」

 家を出るとき、双子が声を上げた。

「ラクは用事があるみたいなんだ。きっと見送りにくるだろうから行って待っていようか」

 ラクのお父さんは双子に言い聞かせていた。

 来るかなあ。私は来ないと思うなあ。
 昨日、散々怒らせてしまったし。

 ため息をついていたらすでに皆が歩き出していたので、私はあわてて後を追った。

 ラクのお父さんとトール君と双子にシロを連れて向かったお店は、路地の奥にひっそりとあった。
 布で仕切られている入り口の横から中に入ると、中は外と違って赤緑青などの布が壁に掛けられていて色鮮やかだ。

「いらっしゃい」

 店主だろうか。しわくちゃなおばあさんは開いているのかわからない目を向けてそう言った。
 軽く頭を下げて陳列棚に目を向けるとそこには小物が所狭しと置いてある。
 布で作られた小袋、木彫りのよくわからないモチーフ、派手な羽飾り、角が生えた髑髏どくろのネックレス。
 東南アジアの呪術屋さんか?

 ラクのお父さんはその中で一番数が多くてカラフルなものを指差した。

「ここの〈お守り〉は本当によく効く。それこそ贈り物に最適なんだ。中は空洞だから誰かにあげるときは手紙でも入れれば喜ばれるしね。……ナウネ語だから読んでいこうか。トール」
「うん。えーと」

 トール君が端から読み上げてくれるのを黙って聞く。

「無事故」
「安産」
「安眠」
「回復」

 ここらへんは数が少なく、売れているということがわかる。
 無事故は衝突を回避でき、回復は病気は治せず怪我だけらしい。しかも一回だけ。うーん。

「速さ増加」
「力増加」
「増毛」
「精力増強」

 ほう。いらないな。
 どれもあてはまらない。

「これなんかいいんじゃないか?」

 ラクのお父さんに渡されたのは健康第一。
 うーん。効能がいまいちわからないな。

 聞いたら食中毒や怪我には効かないらしい。
 風邪を引きにくくして便秘や口内炎を予防するらしい。
 へえ、いらないな。

「そくしぼうぎょ」

 ん?

「もう一回言って?」
「そくしぼうぎょ」

 トール君が背伸びして言うのかわいすぎるな。
 ラクのお父さんが手に取りまじまじと見る。

「即死防御。これは売れていないようだね、日に焼けている」

 するとおばあちゃんが笑った。風の谷にいそうなオババさまだった。

「そりゃあの、即死を瀕死に変え代償に体力をなくし、かつ痛みは残る〈お守り〉じゃ」

 あーそれじゃあ売れないよね。瀕死で痛くて動けなかったら死ぬもんね。

 しかし捨てがたい。
 だって即死だよ? 私が持ってれば最強じゃない?
 なくなるのは体力でしょ? 〈壁〉張って助けを待つか回復するの待てばいいんだもん。

 見ると残り10個しかなかった。
 ――本当に効くのだろうか?
 疑惑の目で見ていたのがわかったのだろう。

「確かめてみるかい?」

 確かめる?
「貸せ」とひとつ取られ首に下げられる。そして首元に〈お守り〉が落ちた感触がした瞬間、心臓めがけて何か・・が刺さった。
 つまり、一突きにされた。

「……ちゃん! おねえちゃん!」

 ふと意識が戻ると、双子たちが泣きながら顔を覗き込んでいる。
 はて?

「生きておると言っただろうに」

 オババ様のその声に、心臓を刺されたことを思い出し、ばっと起き上がった。

「いだっ!」
「おねえちゃん!」
「よかったああ!」

 起き上がろうとしたのだが、心臓が痛くてまた倒れた。
 すげー痛い。どうなってんの?
 おそるおそる手を当てて確認しても切り口も何もない。ただ痛いだけ。
 双子に起こされてオババを睨むと、飄々ひょうひょうと笑って首から下がった〈お守り〉を指差した。

「効果がなくなったものはいろを失う。ほれ、変わっとる。本物じゃろ? 買わんか?」

 このオババ、人を殺しておいて普通にしている。動きが全く見えなかったし、慣れているのだろう。
 なんて怖いオババなんだ。
 しかし、店主はあれでも〈お守り〉はとても魅力的なものだ。
 すっごく痛いけど、生きているし……買ってみるか。
 ラクのお父さんに〈かばん〉を渡して中のお金で買ってもらったとき、ぼそりと呟かれた。

「この人はたまにこうやって客で遊ぶから……」

 遊ぶって話じゃねーよ。殺されたがな。
 私いま動けなくて双子に胴上げの投げられる前の状態で抱えられてるんだけど?

「あ、お金は差し上げます」
「え?」

 ラクのお父さんが札の入った袋を〈かばん〉にしまおうとしたとき、私は止めた。

「もう買うもの買ったし、旅には必要ないので差し上げます。力になれず、すいませんでした」

 ラク説得できなかったし高そうな本ももらってしまった。なにより、金置いていけって言われてたような気がするから置いていくわ。
 イケメン商人はきょとんと目を瞬き手に持った〈かばん〉と、貨幣の入った袋を見て「こんなに?」と問い返してきた。

「もう来れないかもしれないし。お世話になったお礼としてもらってください。邪魔だし」

 言い切ると、ラクのお父さんは笑い出した。
 それはたまりかねて、というような感じに見えて、ひとしきり笑った後自分の〈かばん〉に入れながら私たちをゆっくりと見回した。

「……うん。じゃあ宿泊料と迷惑料としてもらっておくよ。その代わり、もしまたナウネに来ることがあったらうちに来るんだよ。約束できるかな」
「え……」
「わかったー」
「うん」

 ラクのお父さんは双子にも言い聞かせるように話しかけ、ゆったりと微笑んだ。

 港につくと、最初に出会った黒い役人さんが別の宇宙船の人に説明していた。
 そういえば大変お世話になったけれど、名前聞いてなかったような気がするんだよね。お礼を言うついでに聞いておこう。

 まだ少し痛みの残る胸を押さえつつ双子から下ろして貰う。
 そして宇宙船の入り口を開けて腰掛けていると、宇宙船の中から声をかけられた。

「おせーよ」

 ラクだった。
 私は驚きすぎて固まった。

「ラク兄ちゃんだ!」
「ラク兄ちゃん、なにしてるの?」
「ひとりで遊んでたの?」
「んなわけあるか!」

 そうだよね。どう考えても見送りに来つつ文句言いに来たんだよね。
 でも宇宙船の中にいるのはやめて欲しいなあ。ドアにロックもかけられない旧式の宇宙船だからってさあ。
 見られたくないものもあるんだからさあ!

 痛みのせいもあったと思うけど、いささかイライラしながらラクを睨んでいたとき、役人さんがこっちに気づいてやってきた。

「おう、出星か? 早かったな。ばれたか? 大丈夫だったか?」

 心配しすぎだよ。大丈夫だよ。
 今から出ることを伝えると「そうか、がんばれよ」と励まされた。

「あの、私サーヤと言います。こっちがトーガでチルです。お名前を教えていただきたいのですが」

 役人さんは「名乗るほどでもない」と照れているように頭を掻いたが、あんなにお世話になった人の名前を知らないなんて恥だからと言って教えてもらった。
 ワセルさんとおっしゃるらしい。照れるおじさんかわいいな。真っ黒で表情わかりづらいけど。
 挨拶し終えると、最初に言われたとおり札を地面に置いた。
 そして宇宙船の中のラクに向き合った。

「なにしてるの? 狭いんだからどいてよ」

 ラクは特に表情を変えることなく宇宙船の外にでた。
 入れ違いに宇宙船に乗り込むと荷物を隅において、起動させた。
 画面に次の星への経路も表示され、燃料ゲージなども確認したあと、私は双子を呼んだ。

「またきてね。こんどはおっきい滑り台があるところにいこ!」
「うん!」
「すべりだいってなーに?」

 トール君と双子が話しているのを尻目に、私はラクのお父さんに頭を下げた。

「お世話になりました。また機会があれば、来ます」
「待ってるよ。次はもっといろんなところに案内しよう。ラクが」
「はあ!? なんでオレなんだよ!!」

 ラクが怒鳴るけれど、まったく気にせずにラクのお父さんは垂れた目を細めながら続けた。

「ありがとう」

 私は首を振って否定すると、ラクに視線を向けた。

「ラクもありがとう。おかげで助かったし、楽しかった。……ごめんね」

 ラクは顔を背けてしまった。
 まあ、そうだよね

「ラクなら一番の商人になれるよ。頭いいもん。じゃあね」

 私は手短にトール君にもお別れを言うと、双子を押し込み逃げるように宇宙船のドアを閉めた。
 かち、とドアが閉まると機械音が宇宙船全体を覆う。
 
 これでこの星ともお別れかあ。――楽しかったな。
 感慨深くなっていると気になるものが目の端に映った。
 台所に続くドアの前に袋があったのだ。……知らない袋だ。
 袋からは、なにか見たこともない深緑色のものが出ていて、床に二つほど転がっている。
 近くで手にとって見ると、間違うことない、りんごだった。

『カップの底にりんごが彫ってある!』
『きいてねーのかよ。しかもりんごじゃねーしスイカだし』

 私は双子が張り付く窓から覗き込んだ。
 ラクがなにかいってる。でもなにも聞こえない。
 その次の瞬間、宇宙船は打ち上がった。

 袋の口が開き、緑色のりんごが床に散らばる。ぱっと見たよりも多くてそのうち宙を舞いだした。

「なにこれ?」

 双子はそれを集めて身近な袋に器用に入れた。

「スイカ、なんだって」
「へー、おいしいの?」
「食べてみていい?」

 トーガは服でりんごの表面を拭うと、かじった。チルは不思議そうに見ている。
 私も手に持っていたりんごに口を寄せた。

「あ、おいしいー」
「ほんとう?」

 しゃくっとした食感に、りんごよりも多い水分。中身は見覚えのある赤色だ。
 間違いなくスイカで私は笑った。

「ははっ……まじめにツンデレか」

『しょうがねーな。どうせいなくなるからそれまで友達になってやる』

 思い出したラクの言葉を反芻しながら私はまたスイカをかじった。
 チルもそれを見て食べだし、シロは転がって寝た。
 かじったスイカは甘くて、そのうちなんだかしょっぱくなった。


    Thank you for clapping!


    拍手ありがとうございます! 励みになります……!

    お礼ページは下のリンクよりお進みください。(DB最新話までのネタバレあります)

    拍手お礼



     選択式感想

     お名前

     メッセージ → 返事

    第一部 旅編第二章 旅立ち