第一部旅編
第三章 決意
22 竜宮への誘い
ナウネ星を出発してから食べ物について全く困らなくなった。
今までは宇宙船だけが食料の収納場所だったわけだが、〈かばん〉おかげでほぼ無限。しかも腐らない。
私は両手を合わせてラクに感謝した。
この〈かばん〉のおかげで双子の腹をなんなく満たせるようになり、旅をする上での最大の懸念が払拭され、私は大層機嫌がよかった。
――ディウと呼ばれる星に落ちるまでは。
この星に落ちてから3日。私たちは途方にくれていた。
今いる星は海に覆われている。
それはいいんだけど、陸がない。
無いのだ。
どれだけ探し回っても無い。
地面が無いと宇宙船が飛べない。
……語弊があるな。たぶん、宇宙船の操作で対処できるんだろうけど、全自動から手動モードにしてシステムの中身をひとつひとつ確認していくしかない。マニュアルなんてないからだ。
該当項目にたどり着くか浅瀬を見つけるか、どっちが先かって感じ。
そもそも、この星について書かれていた情報はこうだ。
【ディウ星、青い星、魚がうまい】
お!って思うじゃん。
〈かばん〉に入れれば菌と虫死ぬから刺身食べれるって思うじゃん。
前世が日本人なんだもん。マグロ好きなんだもん。
書いてある情報、端折りすぎじゃない? 他に書き方あんだろ!?
陸地ないってかけよ!
これだからフリーザ軍は!
かなりイライラしたけれど、魚が獲れれば気分はよくなる。
海の魚おいしい。例えそれが見慣れない形をしていて、レインボーカラーだとしても、塩かけて焼けばみな等しく美味である。
でもさすがに3日続くと飽きる。当初感動したさわやかな青空と美しい海原にも飽きる。
昼ご飯を食べていたら、トーガが側面の窓をじっと眺めてぼそっと言った。
「なんか、こっちみてる……」
確かに、何かが窓に張り付いていた。
よく見ようと近づいてみると、頭部が魚な人が水かき付きの手をびたっと窓につけて、こちらをじっと見ているではないか。
前世の私だったら間違いなく悲鳴を上げていると思うが、ついこの間ナウネ星で頭部が魚の人を見ていたせいかそんなに驚かなかった。
こちらの人はなんていうか、キンメダイの顔をしている気がする。目がでかい。
服も上下ちゃんと着ている。
しかしハワイアンなシャツに短パンというちょっとチンピラ臭がしそうな出で立ちで、怪しさ満点。 正直関わりたくない。
「なにかたべたいのかな? あげてみていい?」
心優しいチルがそういうので、お昼ご飯を見てみる。
焼き魚、ナウネのパスタ2種と肉のロースト、オープンオムレツ、茹で野菜にゆで卵、パスタサラダ、チーズとミルクのスープ、デザートにリンゴ(スイカ)、そしてビーフジャーキー。
……異質な物が一つ混じってるが、それは私のものです。
ビーフジャーキー食べたかったのだ。保存食だけど、おいしいんだこれがまた。
夜はさっさと寝ちゃうから、昼にしか食べれないと思って、今まさにウメっぽい果実シロップの水割りとともに嗜んでいるところだったのだ。
ちなみにこれらはすべてナウネ星でラクが手に入れてくれたもので、私は最近何かあるたびにラクに拝んでる。
あいつ、真面目にいい商人になるよ……欲しいのみつけてくれるんだもん。
話がそれた。ともかく、外の魚人に食わせてよさそうなもの、と考えてビーフジャーキーをあげることにした。
ナウネの食堂にも魚人がいたし、肉が食えないってわけじゃないだろう。
チルが飛んで上部の換気のために開けていた窓から投げると、キンメダイは元から丸い目玉をさらにまん丸にして受け取り、食べた。
警戒しようよ。人ごとだけど。
ぼんやり見てたら、キンメダイが海から消えた。
「ちょーうまい!」
窓からでかい声がもろに聞こえてきたので、わざわざ海面に出て叫んだらしい。
そしてまた戻ってきて窓の前で食べている。
魚の口ってそんなに開くの?
大きい口開けてビーフジャーキー噛み千切っている姿はなんというか……超ワイルド……。
私たちはしばし顔を見合わせ、窓を開け放ってから各々両手に料理を持ち追加ですといわんばかりに差し向けた。
キンメダイも水面に浮上し、そこはさながら海上ダイニングである。
どんな料理もあげる度おいしいおいしい言うので、気をよくした私は飲んでいたウメジュースも渡した。そしたらキンメダイは泣いた。こんなにうまい飲み物があったのかと。
まあここにはないだろうね。
「いやー。ごっそさん! うまかった! まさかこんなとこでメシ食えるなんて夢にも見たことなかったなあ!」
おなかをぽんぽんと叩き満足そうにしているキンメダイからよくよく話を聞くと、仕事で遠出したらいい匂いがしたから誘われたらしい。
魚って鼻があるのか?
「ぜひお礼がしたいから家に来てくれ。むしろ嫁にも食べさせたいから来てくれ」
本音駄々洩れな誘われ方された。
いやいや酸素無いと生きていけないって言ったら、「オレもそうだ」と返された。
イラッとした。
そうだけどそうじゃねえ。
「エラ呼吸できないんですよ!」
「あ、そっちか。大丈夫大丈夫。下には空気があるから」
うそだったら海の藻屑になるので躊躇う。
「魚も海老もカニもいっぱいあるぞー。海草だっておいしいし、貝だってなんだってあるぞー。住んでるところは珊瑚が多いからきれいだし、うちに来れば宴会するしー。嫁さんは美人だ」
それは玉手箱を渡されるパターンですか?
やだよまだ10年も生きてないのにおばあさんになるなんて。
しかもさりげなく最後のろけたな。キンメダイの奥さんってアレでしょ? キンメダイなんでしょ?
きれいなキンメダイの顔なんてわかんないよ。
「宴会……」
トーガがわかりやすくよだれを垂らし、チルも行きたそうにそわそわしている。
しかし、私は頭を縦には振らなかった。
「そっか、信じられないのか。うーん、君ちょっと来て」
「え?」とトーガが目を瞬かせる。
フラフラとキンメダイの元に行ったトーガが、海に落とされた。
「!?」
「なにするの!」
反応できないでいるうちにチルが飛び出す。
キンメダイは「はいはーい」と戯れるようにチルを宙に放った。
私はなにが起きたか全くわからなかった。
状況から考えると、チルは殴りかかっていったんだと思うんだけど……。
チル本人も放り投げられた先で宙に浮いたまま、あれ?って顔してる。
そのうちトーガが「すごい!」といいながら海の上に顔を出した。
「水の中で息できるー!」
「この膜で包んであげるよ。そうすれば安心でしょ? ね? ね? 来るよね?」
キンメダイは手で泡みたいなものを作り出してアピールしている……。
そこまで来て欲しいのか。
「う、うーん……」
ちょっと考えたふりをするが、行くことに決まりそう。
突撃したチルを宙に投げるその手腕。
ここで逆らうよりも、やばくなったら〈壁〉張って逃げたほうがいいかも。
ぶっちゃけるとすごく不安だけど……腹をくくるしかない。
しぶしぶ頷く……というときに、トーガが大きな声を出した。
「いく! だからもう一回やって! 泳いで行きたい!」
「チルも!」
「はい決まりー!」
三人は意気投合したように連携し、私を宇宙船に押し込み窓を閉めると、さっさと海に沈んだ。
ふわふわとした空気の膜に包まれた宇宙船にぽつんと一人。
窓から外を見ると、双子は楽しそうに指をさしながらキンメダイと泳いでいる。
なぜそんな楽しそうに!? ちょっとうらやましいぞ!
私にはそんな体力なんてないんだけど……。
着くまで長そうだったので私は料理の下ごしらえをして時間をつぶした。
しばらくして宇宙船が跳ねた。
着いたところは白い建物が並んでいる、とても文化的そうな町だった。
見えない眼でも分かる高い塔が立っており、その塔が明るいので建物の白さがよくわかった。
水のようなふわふわした感じが消えたので、確かに空気はあるのだろう。
町に着いたのだから降りれるのかな?と思っていたら、今度は持ち上げられた。
窓から確認すると三人で持って走っているではないか!
こ、このキンメダイ、力ある!
トルシで三人力を合わせて宇宙船を持ったときは私ひいひい、ほかの二人もつらそうだったのに!
双子を見るとこれまた楽しそうに走っている。
やっぱり、このキンメダイ只者ではない。
もし騙されてたら不意打ち狙うしか逃げようが無いな……。
そう考えているうちに家に着いたようだ。
外に出ると小さな庭のようなものがあり、こじんまりとウニとヒトデがいらっしゃった。飼っているのだろうか。
キンメダイはダイという名前らしい。
降りるときチルが呼んでるのが聞こえた。
トーガとチルは道すがら仲良くなったようでダイさんの腕にしがみつき、きゃっきゃいいながら持ち上げられて遊んでいる。私にはできない遊びをここぞとばかりに……!
そんな力持ちのキンメダイであるダイさんの家は四角くて白かった。周りに飾られている珊瑚がピンク色でかわいらしい。
こんなかわいい家にチンピラ風キンメダイが住んでるのか……いやいや、偏見はよくない。
考えを振り払い、招かれるまま家の中に足を踏み入れると、ちょっと驚いた。
広い通路の外側に川のごとく水が流れていて、どの部屋にも流れ込んでるのだ。
掃除大変そう……。
流れていく水を見ていたら、ダイさんが奥さんを呼んだ。
「あらまあ! かわいらしいお客さん。はじめまして!」
まるで花が咲いたような笑顔で出迎えてくださった奥様は想定外の風貌をしていた。
キンメダイの嫁はキンメダイじゃなかったのだ。
人魚。
まさかのマーメイドである。
赤い髪を豊かになびかせた緑の瞳の美しいこのマーメイドが、キンメダイの嫁だという。
信じられない。
家の中も外もファンシーな雰囲気で確かに奥さんは景観に合ってるのに、キンメダイがいるとそこだけ違和感半端ない。
今にも人魚を攫っていきそう。
「オレの奥さんかわいいだろー美人だろー」
キンメダイであるダイさんがここぞとばかりに惚気るが、確かに。無理もない美しさである。
美人な人魚さんは上こそブラウスを着ていたが、下は碧色のうろこがきらめく尾ひれだ。
主役級のヒロイン張れるくらいの美人な人魚が、なぜ目玉がでかいキンメダイを選んだのか心の底から不思議だが、とても仲がよさそうにいちゃいちゃしていた。新婚なの?
「えっ! サイヤ人!? ……本当に?」
ダイさんは私たちをサイヤ人でご飯をもらったと奥さんに紹介すると、奥さんは大変驚いていた。
私も驚いた。いつの間にか双子がばらしてしまったらしい。
後でちゃんと口止めしておかなければ。
宴会を夕方に行うことになり、買い物がてら町を案内してくれるというので、おとなしくついていくことにする。
シロは奥さんにお願いした。家を出るとき振り返ると、奥さんがいい顔でもふもふしていたから害にはなるまい。
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町は人魚と魚人、大きい魚などであふれており見ているだけで面白い。
トーガはよだれをたらし、チルは人魚に見とれてる。
私は目を細めて店――ほぼ食材に視線を巡らせていた。
刺身で食べれるのないかな……。
ある店では火を使って魚を焼いていた。
私としては生で食べてるイメージだったので驚いた。
ダイさんに聞くと「火を通さないと寄生虫とかで腹くだしちゃうよ」と言われた。
間違ってないんだけど……魚人に言われてもなんか納得いかない……。
「食べてみる?」と聞かれたので頷く。
屋台のフランクフルトみたいに並んでいるイカの足みたいな串焼きを一本。弟と妹は三本ずつ。
ついでにハマグリやサザエっぽい貝も食べてみたが、どれもフツーにおいしかった。
別の店では貝殻の小物が置いてあった。
淡い色合いをしている貝殻を多く使っていて、パステルカラーよりも白っぽく上品な品物が多い。
その中で丸い小物入れが目に止まった。
よくよく目を凝らすと細工がまた細かい。
あれだ。カメオ。色合いといい質感といいそっくりである。
ただ、彫られているのは魚類だ。
これはたぶん……アンコウかな?
リアルなアンコウの横顔が丸い小物入れの蓋にでかでかと彫られている。
……できることならもっとファンシーな、貝殻とかのモチーフのものがいいなあ。
かわいいやつを探そうとしたらチルが見つけてきたので、二人で色違いのものを購入した。
「かわいー」
「チル、眺めてないで頂戴。ほら」
店員から小物入れを受け取ったチルがニコニコしながら見ているが、そのまま持ち歩いたら壊れてしまう。〈かばん〉に入れないと。
チルが渋々差し出ししてきた小物入れを受け取ると、横にいたトーガが「あ」と声を声を上げる。
店の外でダイさんが三人の魚人と話しこんでいた。
秋刀魚と鰹と蛸の三人組で、それぞれ腰や肩に防具のようなものをつけている。
「仕事仲間なんだ」とダイさんが紹介してくれたが、「どうも」くらいしか返せない。
「ずいぶん小さいな」
「外から来たんだって? 上にゃあなにもなかったろ」
「よくまあ生きてたねえ」
三人とも親しげに話しかけてくるが、ちょっとおいしそうだな……なんて思ってることは秘密だ。
仲良さげに秋刀魚が肘でダイさんをつつく。
「ダーイ。もしかして、似てるから連れてきたのかー?」
「あっ、確かに髪の色は似てるな」
「メル・バハルもまだなのに気持ち悪……」
「いやいや違うって。この子たちに飯ごちそうになってさ――」
ダイさんが「サイヤ人なんだって」と私たちを紹介すると、三人とも「えっ!?」と驚いた声をあげる。
奥さんといい、なんなんだ?
でも驚かれるだけで特に恐がられたりはしなかったので、サイヤ人の事は知ってるけど略奪されたことはないんだろう。
話もそこそこに三人と別れ、更に店を見てまわっていると、ダイさんはいろんな人に話しかけられていた。
「ダイさーん! エスエの砦はどうでしたー?」
そう話しかけてくるのはがっちり武装してるマグロに似た魚人だったし、
「また出たら頼むぞ。お前しかいないんだからな!」
盛大にダイさんの肩を叩いていくのは足を引きずって歩くサメの魚人だった。
ダイさんはずいぶんたくさんの人に頼られているらしい。
ちなみに、出会う人すべてにダイさんは私たちを紹介した。
サイヤ人でご飯もらったと。そしてみんな一様に驚いた。
いちいちサイヤ人だって言わなくていいし、そこまで驚かなくてもいいと思う。
そう思いつつも口に出せないまま、ダイさんについていくしかなかったのであった。
