23.玉手箱

第一部 旅編

第三章 決意

23 玉手箱

 ダイさんが寄りたいといったのは、八百屋やおやのようなところだった。
 クラゲみたいなものが量り売りされてたり、ピンク色のブドウが並んでいたり……見たことがない物がたくさんある場所。
 物珍しさも相まって、まじまじと棚を見てしまう。

「ねえ、ダイさんって強いの?」
「あら、知らないの?」
「この人有名よ~」
「ダイさんはここらで一番強い治安官ちあんかんなんだぞ、坊主! 『あれ』に向かっていけるのはこの人しかいないんだ!」

 トーガの問いに答えたのはダイさんではなく、同じ客のおばさま方と店員のなまずだ。
 ダイさんは「いやいや、そんなことないですよー」と言いながら品物を受け取っている。

 治安官……警察官みたいなものかな。
 だから強いのか?

「ねえ、あれってなーに?」

 チルはうりっぽいものを手に取りながらダイさんを見上げる。
「それはなー」とダイさんが説明しようとしたとき、誰かが叫んだ。

「みんなー! 出たらしい! ヒキナのほうには行くなよー!」

「まあ、近くじゃない物騒だわ」「こっちに来るかも、気をつけなきゃ」とか横で話し込んでいたおば様たちから聞こえる。

「ちくしょう、またか!」

 ダイさんは「これ頼む!」と品物をチルに押し付け駆け出した。
「ちょっとまってください!」と声をかけても、言い終わる前に見えなくなる。
 お、置いていかれた。

 待っていたらいいのか戻ったほうがいいのか……。
 三人で目を見合わせると、八百屋の店員――なまずが声をかけてきた。

「お前さんたち、帰ったほうがいいぞ。ここにはもう帰って来ない。ダイさんは戦いにいったんだからな」
「え?」

 なまずは年をとったおっさんみたいに店先の椅子にどっかり座る。

「ここら一帯はもうすぐ閉鎖される。その前に行ったほうがいい」
「え、えっと……閉鎖ですか?」
「おう、ここらはなんもなくなっちまうだろうさ。……ここから南ならまだ安全だ。早く行きな」

 私と双子は三人で顔を見合わせた。

「ついでにダイさんの奥さんに知らせてやってくれ。あの人もかわいそうにな……」

 なまずのおっさんは頭に巻かれている鉢巻はちまきを無造作に取る。
 知らせるのはいいんだけど……。

「あの、あれって……」
「『あれ』に何年もここの連中は苦しめられてる。大人も子どもも関係なく食われちまってな。おっかなくって子どもは外を歩かねえし、墓参りだってできねえ」

 鉢巻を握りしめたおっさんはうなだれるように言った。

「ダイさんだって倒せなくてなあ。追っ払うことしかできなくて、でもそれすらも他のやつらじゃあできねえんだ。できたやつはみんな食われちまった」

 いや、だからさ。

「あれってなんですか?」

 いつの間にか通りにいる一般人は私たちしかいなくなっていた。周りは武装した魚人で、ちらちらとこちらを見てくる。
 さっさと移動しろってことだろうか。
 でも、肝心のあれを知りたい。なまずのおっさんの次の言葉を待つ。

 おっさんは口にするのも恐ろしいのか頭を抱えていた。手がわずかに震えている。

「亀、だよ」

 亀? 亀ってそんなに怖いもの?

「でかい亀なんだ。殴ろうにも叩こうにも甲羅の中に隠れちまうから手が出せない。力も強くて噛み付いてくる。噛み付かれたら一瞬で食いちぎられて死んじまうんだ……!」

 魂がこもっていそうななまずのおっさんの強い言葉に、私は素直に帰ろうとしました。
 しかし、

「そんなにでかい亀とダイさんがたたかうの! みたい! みてみたい! いこう!」

 トーガはらんらんと目を輝かせ、

「助けに行ったほうがいいんじゃないかな……。三人で行けば、だいじょうぶだよ」

 チルはきりっと目を吊り上げて行く気満々。

 冗談ではない。
 なまずのおっさんと共に止めようと説得したが、

「サイヤ人だから大丈夫!」

 その一言でおっさんが折れた。「ならいいのか?」と。
 よくないよ! 噛まれたら死ぬんでしょ!
 たとえ最近大きい獲物を捕ってなくて、戦うという行為に飢えているということを知っていても私は反対です! 危険です!

「じゃあ〈壁〉の中で見よ!」
「なんということを!」

 どれだけ反対しても聞き入れてもらえなかった私は、自分を差し置いて言った。

「これだからサイヤ人は!」

 そんなこんなで双子の腕力に敵わなかった私は、ただいまくだんの町にいる。
 建物は見る影も無い。見る限り瓦礫ばかりで、全部白いから不気味だ。

「早く行こうよー」
「ちょっとまって。もっとゆっくり……」
「えー」

 見えないんだってば。
 腕とか足とか転がってたらどうする。踏んだらトラウマになるぞ?
 慎重に進んでいくが、特に死体とかはなかった。
 それはよかったんだけど、逆に何もなさすぎる。

「逃げたのかなー?」
「ダイさんもいないよ?」

 双子がいないっていうならいないんだ。
 見える範囲にいない。うーん。

 気配も特に感じないんだよな。人はおろか動物も。
 そういうことって今までなかったんだけどなあ。

「――!」
「ん?」

 なんか遠くで声がしたような……。

「にげろー!」

 キョロキョロとあたりを見ていると、ずいぶん上から声が聞こえた。
 見上げると白っぽい天井に黒い影が見える。

「……ダイさん?」
「ダイさんいたー!」
「あわあわ作ってるみたい」
「泡?」
「水の中で息できるやつだよー」

 ……なんで?
 三人で上を見上げて首をひねる。
 私の目にはダイさんが小さすぎて映らないんだけど。

 じっと見てると徐々に影は大きくなっていく。

 ………………ちょっと待って、でかすぎない?
 近付いてきた影は、どんどん大きくなって……え、これいつ止まるの?

「まさか……」
「お、おねえちゃん、あれ、落ちてくるんじゃ……」
「つぶれちゃう!」
「わーっ!」

 山! 山が落ちてくる! このままだとぺちゃんこに!

 私はとっさに歌った。
 大きい〈壁〉を出せば跳ね返ったりしないかなと期待した、が。

「!!!!」

 いきなり過ぎたのか音が外れた。

 さ、最悪! 失敗した!

 ざっと血の気が引くのと、亀が私たちに向かって首を出すのは同時。
 きっと私たちを食べようとしたのだろう。
 甲羅と首の付け根がよく見えた。

 認識した瞬間、なぜか〈半球壁〉となって亀が伸ばした首の付け根に出現した。
 そしてぶっつりと、境目を作る。

 行き場がなくなった頭は口を開けたまま落下。
 私が身じろぎする間に「わっ!」「イヤっ!」と声を上げた双子が同時に蹴り飛ばした。
 甲羅は〈壁〉にぶつかり、そのままずるずると壁伝いに落ちてズウンと重い音を立てる。

 ……死んだ?

 確認したいが、如何せんまだ勢いよく血が〈壁〉に向かって噴き出してる。
 びちゃびちゃと音がするのが地味にこわい。
 血の滝行になってしまうから歌うのはやめられないし、困ったぞ。
 あっこら、亀の頭をツンツンして遊ぶのはやめなさい!

 双子にジェスチャーで『やめろ』とやっているとき、ダイさんが上から降りてきた。

「うおおおお! うおおおおおおお!!」

 なぜか雄たけびを上げ始め、ちょっと混とんとした現場になりつつある。
 ダイさんがよろよろとこちらに歩いてくるが、でかい目からボロボロ涙が流れているのが見えた。
 そしてそのまま、両手を広げる。

「ぁっ、あ゛り゛がっどう゛~ウッ……ウウッ」

 え、なに? こわ……。

 言っちゃ悪いが食べられそうな感じでかなり怖かった。
 双子がよく話を聞いたら、ダイさんはどうやらハグを求めていたらしい。
 私と双子、三人で拒否したらさらに号泣してしまった。

 やっと血が落ち着いて歌わなくてもよくなったころ、ひとつ深呼吸をしながら思う。

 半球でも〈壁〉出てよかったー。でも、とっさで音外れると心臓持たない。
 明日からちゃんと練習しよう。

 未来に向けて思いを新たにがんばろうと意気込んだのだけれど。

「倒ぜる゛っでっ、思っでなっグスッ!」
「ダイさん、ほら、動かないよ!」
「もう泣かないで」
「ウオォンッ!!」

 双子に慰められたダイさんは顔を覆って泣いている。
 崩壊した白い町に、川のように流れていく血液、大きな亀の死体。
 まるで滅びたあとの世界みたい。

 どうしたもんかな。頼みの綱であるキンメダイは泣き止みそうもない。

 視線をそらしてみると、遠くのほうで明かりが見えた。
 ほの暗い深海は、しばらくしてから太陽の下にいるような明るさでもってにぎわうことになる。

 ダイさんが最初言っていた通り宴会になったのだ。家ではなくて広場に場所が変更されたけど。
 それは別にいいんだけど、考えてなかったことが起った。

「君たちが倒してくれた! 英雄としてどうかみんなにその姿を見せて話を――」

 ダイさんほか武装した人たちにそんなことを言われて私の顔は引きつった。
 思うことは一つ。

 いやで――――す!!!!

 ぽっと出の旅人が人々を苦しめていた怪物を倒す。
 字面だけ見れば勇者である。しかし私はそんな大層なものでもなければ、なりたくもない。

 体裁など構わず、泣きながら拒否した。

「まぐれなんです! たまたま! 私全然強くないし! ダイさんのほうが戦ってました!!!!」

 思い過ぎるのはトルシでの天使発言である。
 あんな思いは二度とごめんだ。私は宗教家ではないのだ!

 だから祭り上げないで欲しい!

 そりゃあもうゴネた。子どもらしくイヤイヤと。

「そ、そこまで」
「まぐれならまあ、なあ?」
「無理強いはできないし……」

 ――通った。私は心の中で勝鬨かちどきを上げた。

 そうなると気楽に参加できる宴会。
 ダイさんは英雄らしく演説をはじめ、みんな手をたたいて喜んでいる。
 中には踊ってたり大笑いして乾杯してたりする人たちがいたけど、横目で見ながら屋台をめぐる。
 すると、八百屋のなまずが「あー! おめえらっ!」と声を上げて勢いよく手を振ってきた。

 どうやらこっちに来いという意味だったらしく、言われるがままに行くと広い敷物に案内された。
 そこにはダイさんの奥さんと知らない人魚や魚人がいて、みんな手招きしてくる。
「座れ座れ」「これうまいぞ」「サイヤ人ならたくさん食べるわね」「そうね」なんて笑いながら。

「ダイ君を助けてくれたって聞いたの。ありがとう」

 ダイさんの奥さんが近くまで来てこそっと耳打ちしてきたけど、当たり障りない答えしか返せなかった。
 助けた覚えはないが、ここで否定はできん……。
 そうこうしているうちになまずのおっさんが食べ物を持ってきてくれて、双子は目をキラキラさせて食いついた。

「それにしても、よかったわねー」
「やっとメル・バハルを迎えられるじゃない」
「ダイは飛び上がって喜ぶわね」
「本当、おめでとー!」

 周りの人魚にそう言われたダイの奥さんは顔を真っ赤にしてか細い声で「はい……」という。
 異文化ちょっとよくわからないが、めでたいことらしい。口笛を吹く魚人さえいる。
 私たちも「おめでとー」と言えば、ダイの奥さんは頬を赤く染めたままちょっと困ったように微笑んだ。

 いやー、人魚の微笑みの破壊力よ。
 その後、隣にいた友達っぽい人魚に暴露話をさせられそうになり、慌てる奥さんもかわいかったわ。
 こういうのを見てるとね、駄々をこねてよかったなと心底思いました。

 食事を食い尽くした双子が他の屋台に向かったあと、私はちまちま食べながらなまずのおっさんの話を聞いていた。

「この星はエネルギーが多くてな。それに当てられてたまに亀みたいなでかい生物が育ちまうのよ。それで人を襲う。今回のは格別にでかかった」

 なーるほど。だからか、気配が察知しにくいのは。
 確かにこんなに近くに居ても近くのおっさんの気配は鈍い。というか小さい。
 亀とダイさんのことがわからなかったのは、そういうことだったらしい。
 最初も窓に張り付かれるまでわからなかったしなあ。

「おねえちゃん、この塩焼きすっごくうまい!」
「みてー! きれいなジュースもらっちゃったー!」

 双子は宴で興奮しているのか、金色の目を輝かせて笑っている。
「よかったねー」といいながら私は白身魚の揚げ物を口に入れた。うまい。

「この10年、長かったんだよ。……10年だぞ? 昔はな――」

 なまずのおっさんはたぶん酔ってる。
 続く続く話が。語られても私としては困るわけよ。
 たまたま来てたまたま倒したもんだから、――なんていうの? 場違い感があるっていうか……。
 まあ、いいんだけど。

 町は煌々と明るく、みんなで泣いたり笑ったりしながら夜は更けた。

 + + + + + + + + + + + 

「よし、稽古してあげよう!」

 宴会が終わって、次の日。双子はダイさんの強さをどうしても知りたかったらしく、「戦おーよ」とおねだりしていた。
 そばに居た私はドン引きである。

 ああ、私の弟妹はやっぱりサイヤ人だったんだな。
 そう確信した出来事だった。
 ……普通「戦おーよ」なんてお願いしないだろう……。

 双子はダイさんと稽古……という名の殴り合いをしていたが、ぼこぼこにされてもとっても楽しそうだった。
 人種の隔たりを感じた瞬間である。

 そんな双子を相手にするダイさんはやっぱり強かった。
 双子はどこかしら青あざができているのにダイさんは汗しかかいてない。双子の速さについて行ってるってことだ。

 これ、もしかしたら不意打ち狙うの無理だったんじゃない……?
 今更そんなことを思った。悪い人じゃなくて良かったー!

 さてそんなダイさんだが、なにをトチ狂ったか稽古に私を誘ってきた。
 もちろん丁重にお断りさせていただいた。
 亀を倒したのはまぐれだって何回いわすんだこのキンメダイ。実力じゃないから!
 その後旅の準備を終えるまで稽古は続いた。

 そう、旅を続けるのだ。
 いいところだから住もうかなーと思ったけれど、ここ野菜ないし。
 魚と貝と海草のみだと生きていけない。
 確か死ぬよね。ビタミンないと。
 それに葉っぱもないからシロが確実に死んでしまう。
 だからあきらめた。

 ダイさん夫婦に浅瀬まで送ってもらい旅立つとき、奥さんは言った。

「食べ物を分けてもらったと聞いて耳を疑ったけど、あなたたちなら納得ね」
「オレだってまさかサイヤ人から貰えただなんて夢にだって見たことないよ」

 あっ、サイヤ人が食料を分けるという行為が信じられなかったわけですね。
 だからみなさんあんなに大げさだったのか。

「またきてね」

 そういって手をふる夫妻に滞在中のお礼を言って旅立つ。

「そういえばこんなのもらったの」

 宇宙に出て落ち着いたころにチルが何かを取り出してテーブルに置いた。
 細工がされた白く美しい箱だった。

 ……なんだろう?

 そこまで大きくない。前世で言うと一昔前に流行った被せるタイプの手芸箱のような箱だ。

「お礼だって。開けてみようよ」
「なんだろうねー」

 双子は興味津々に蓋に手をかける。

 ………………ちょっと待って? このシチュエーション、覚えがあるぞ。
 信じたくはないけど、ここはドラゴンボールの世界だ。なにが起こっても不思議ではない。
 だからあえて言おう。
 それはあの、おとぎばなしに出てくる、開けたらまずい箱ではないのかね?

「待って! まってまって! いやー!!」

 私は阻止しようと手を伸ばした。
 しかし箱の蓋は私の手が届く前に、虚しくも掲げられてしまった。


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