26.温泉処ユーナ

第一部 旅編

第三章 決意

26.温泉処ユーナ

 散らばった荷物を〈かばん〉に詰め込み、泣いているトーガを引っ張り、チルを乗せて、周りの人の気配を入念に調べた後、宇宙船は打ちあがった。
 お馴染みの暗い闇の中を移動してつかの間、チルが目を覚ました――と同時に顔をしかめた。
 傷が痛いのだろうか。
 詳しく聞こうと顔を寄せたらもっとしかめられた。

「……おねえちゃん……かおきたない……」

 確かに泥まみれだろうけどさあ。
 好きで汚くなったわけじゃない――が、理由を口にしたくなかったので眉を寄せて不満を表した。

「トーガは……?」
「いるよ」

 トーガはチルの呼ぶ声にビクリと震え縮こまった。私の背に隠れて出てこようとしない。

「……もう朝?」
「……まだ夜だけど……覚えてないの?」

「なにが?」と答えながら視線を合わせてくるチルは、自分の身に起こった出来事を記憶していないようだった。
 とりあえず他に痛い所がないようだったので、水を飲ませて寝させた。すぐに寝息が聞こえてきて安堵する。

 薄い色をした手ぬぐいを水に浸すと、ぴちゃ、と水につかる音が船内に響く。
 濡れた手ぬぐいをトーガの顔に押し当てながら話しかけた。

「……痛いとこない?」

 そう問えば、しゃくりあげているトーガは小さく「うん」と返事をする。
 ……傷は確かに火傷以外には見当たらなかった。
 けれど、姿が血まみれなのだ。無意識に気遣う言葉が出てしまう。
 例えその服が茶色のものや紫色、黄緑色が混じった、到底自分の血の色だとは思えなくても。

 顔を拭き終えた後、トーガの髪の毛にこびり付いた塊を水で揉みほぐして洗う。

 トーガはずっと泣いていた。
 その姿から何十人も殺したとは誰も想像できないだろう。私だって考えたことはなかった。
 きっと、きれてしまったんだ。

 漫画でもあった。ラディッツ相手に飛び出していったハーフが。セルを倒したかの人もぷっつりきれて強くなったのだ。
 程度の違いはあれど、同じなんじゃないか?

「……助けてくれて、ありがとうね……ありがとう……ごめんね」

 助けてくれたことには違いない。
 でも怖かった。
 私は弟を怖いと思ってしまったことを誤魔化すように言葉を重ねた。
 しかしお礼を言っても、慰めても、肯定しても、トーガは泣き止まなかった。

 それからトーガは食事の量が目に見えて減った。
 堪えているのだろう。
 それが普通で、良心的な人間の反応だ。
 だからトーガには悪いけど、少しばかりでなく安心したのだ。

 逆に私は自分も人殺しになったというのに変化は少なかった。
 疲れたのかその後熱を出しただけ。
 トーガと比べると、サイコパスなんじゃないかなって自嘲しただけで終わった。

 + + + + + + + + + + + 

 それからひと月くらい経った頃、人のいる星の近くを通ることになった。
「降りる」と言うと、やっと落ち着いてきたトーガが不安げに「やだ」と首を振った。
 まあ確かに。あんなことがあった後だから気持ちはわからなくもない。
 私だってできればあんまり人のいる星に下りたくなかったけれど、どうしても手に入れたいものがあった。
 だから降りた。

 着いた星は、少し不思議なところだった。
 至る所から湯気が噴出している。
 ゴツゴツとした岩場に降り立った私たちは、目下に広がる風景に驚いた。

 棚状になった地形がずっと続いてる。
 その棚はへこんでおり、赤みがかった水――いや、お湯が上段から溢れ流れていたのだ。
 湯気につつまれた光景は幻想的だけど、その奥の建物に私は首をひねった。
 近くでみると、やっぱり既見感溢れる見た目をしている。
 日本建築にそっくりだったのだ。
 小屋をつなげたような建物は瓦屋根っぽい。
 紺色の暖簾のれんが堂々と玄関のような間口に掲げられているのをみて、私の口はぱっかり開いた。

 えっ日本?

 そんな馬鹿な、と暖簾をくぐれば、中もまた日本の木造建築そっくりで、引き戸であった。先に進めば正面に番台があるではないか。
 そこで日本人が出てきたら私は即永住を決めていたが、残念ながらいたのは日本人じゃなかった。
 人でもなかった。
 ペリカン。
 まんまペリカンだった。人っぽくもない。普通のペリカン。
 半眼をしているように見えるペリカンは、着せられてる感満載の半纏はんてんをまとい、キセルのようなものを口にくわえていた。
 もはやどこから突っ込めばいいのかわからない。

 ふーと煙を吐きながらペリカンは言った。

 「いらっしゃい。入るなら1000エロだよ」

 しかもエロって単位!?
 入るってなんだ?
 次々浮かんでくる疑問を振り払い、気を取り直す。

「食料とかが欲しいんですが、ここでは」
「なんだ冷やかしか。帰れ」

 にべもない。
 ペリカンは興味をなくしたように新聞のようなものを広げて読み始めた。
 接客業としては最低だ。しかし、環境のせいか、ペリカンの昭和っぽい仕草のせいか――まるで日本にいるような感覚に陥った。
 私はその雰囲気に少し気持ちが浮いた。

「来たばっかりでこの星のことがよくわからないんですが」
「ここは温泉処ユーナだ。風呂に入るなら金払え」
「この星の通貨を持っていないんです」

 そういうとペリカンはキセルをついっと伸ばした。
 その先に大きな絵があり、地図のようだった。

 玄関の壁に貼られていた地図に引っ付くようにして見てみると、商店街があり、そこで換金や買い物ができるらしい。――が、

「地図にはたくさん店が書いてあるがな、やってるのは印がついているとこだけだ」

 この星は温泉が湧き出て観光地として一世を風靡ふうびしていたが、今では限られた店がほぞぼそとやっているだけだ、とつまらなそうにペリカンがおっしゃっていた。
 とりあえず印のついてあるところの大まかな地図を書き写し、お礼を言ってそこを出る。
 そして商店街に行くと言われた通りほぼ空き家で、見るからに閑古鳥が鳴いていた。

「早く帰ろう」

 寂れた店で換金していると、待っている間トーガが忙しなく周りを見ていた。

「まだ来たばっかりだよ。買い物してからね」

 言い聞かせる私の横でチルがトーガの手を引く。

「トーガ、なんか面白いもの売ってる。見に行こ?」
「行かないっ!」

 トーガは口を真一文字にしてうつむいた。
 チルは困ったように私を見るが、私だってどうしたらいいのかわからない。

 ――あのあと、宇宙船の場所も、私たちのことも、話したのはトーガ自身だと泣きながら告白した。

 それはとてもいけないことだと知っていて、それでも話してしまったようだ。
 引っかかったほうが悪いと責めるだろうか。
 ――いいや、トーガはまだ子どもだ。

 反省しているようだし、トーガがいなければ私たちはどっかに売り飛ばされていた。
 それこそ恐れるべき未来であって、そうならなかったのは運が良かったからに過ぎない。
 そもそも油断していた自分が悪いし……。

 どうこう言えないなと思ったので、特になにも言わなかった。

 それから、トーガは例え誰もいない星でも私達から片時も離れなくなった。

「はやく、宇宙船に帰ろ? シロが待ってる」

 トーガは宇宙船にいる間、シロと離れようとはしなかった。シロも、わかっているのか嫌がらずにトーガのそばにいる。
 それがいいことなのかわからないまま、私は無言で前を向いた。

 換金を終えて買い物に行くと想定よりも食料が高く、しょうがないからあきらめて必要なものだけ買うと宇宙船に戻ることにした。

「もうどこにも行かないの?」

 荷物整理しているとチルがおずおずと聞いてきた。
 確かにこのまま出発するのも味気ない。
 ……温泉一人1000エロって言ってたな。
 残りの通貨を数えてみるとすこし少なかった。
 せっかくだし入れるかどうか、だめ元で行ってみようか、って話になって、二人を連れて暖簾をくぐった。

 すると子ども料金という良心的なシステムがあったので、双子は格安で入れることになった。
 というかそもそも入浴料は水着代込みの値段だったらしく、水着の大きさによって金額が変わるらしい。
 私は幼児用の水着はさすがに入らなかったので1000エロ払う。
 大人用の一番小さいサイズのビキニをぎゅうぎゅうに締めて着ることになった。

 双子は温泉なんて初めてだし……私も今世初めてな温泉。
 ワクワクしながら外に出た。

「あっつ!」
「こっちは冷たいよー! ……なんでちがうの?」

 はしゃぐ双子の横で、私は湯船に浸かりながらゆっくりと体から力を抜いた。

 これだよこれ。
 じんわり体が温まってきて、肩の凝りとかほぐれる感じの……。
 はあー、腱鞘炎になりかけの右手が癒されていく。

 棚になっているので湧き出ている上が一番熱く、下に行くほど冷めていくらしい。
 なんでこんないいもの廃れるんだろう。
 疑問を持ちながら私は温泉を堪能した。

 いままでほとんど水浴び、またはお湯で拭くくらいしかしてこなかった。
 トルシは温泉と言う名のプールも等しい温度だったし、ラクの家のお風呂は浅い上にぬるめだった。
 私は熱めのお風呂が好きなんだ。
 熱いお湯に浸かりながら景色を堪能できる露天風呂のなんと贅沢なことよ……。

 なーんて調子にのって浸かってたらのぼせた。

「おい、あれは何をやってるんだ」

 ぐでーと石のベンチで溶けていたらペリカンに話しかけられた。
 羽の先は器用に棚の一番上を指している。

 私事前に許可とったから知ってるはずじゃん?

「温泉卵作ってますけど」

 どこの温度がちょうどいいかわからなかったから一番温度の高いところから順に三か所、布に包んだシロの卵を投入してある。
 30分くらいでできあがると思ってるんだけど記憶違いだったらゆで卵になるな。
 まあどの状態でも食べることに変わりないからいいんだ。

「おんせんたまご?? ゆで卵をつくるんじゃないのか」
「あ、ご存じない?」

 ペリカンの頭に疑問符が浮いていたので、食べさせることにした。

 熱くなった卵を冷やしながら触ってみると卵黄の部分だけへこむ。
 シロの卵は触っただけでゆで加減がわかるから、とっても便利。
 〈かばん〉から取り出した器に割ってみると、見たことのある白っぽいトロッとした卵が現れた。
 それにあらかじめ作って持って来たタレをかける。
 しょうゆで食べたいんだけど無いので、海草でとった出汁と塩を合わせたタレだ。
 味を見てみるとまあまあ食べられた。
 思ってるのとちょっと違うけど。タレに砂糖足してみよっかな。

 ペリカンに差し出すと恐る恐る舌をつけて面白いくらいに目をむいた。

「なんこれ……」
「温泉卵ですって」
「あーなんか食べてるー!」
「たべるー!」

 双子たちも目ざとく卵を見つけ自分で用意して食べ始める。
 たくさん作っておいてよかった。
 ペリカンが器に入った温泉卵タレ付きを食べて、また目をむいた。

「これはどうやって作るんだ。教えてくれ。瓶飲料3つやる」

 ……出会った当初と態度がまるで違うな。
 でもまあ、たいしたものではないのでそれで手を打ってやろう。

 温泉卵はあっという間に無くなり、私たちはその星を後にした。

 体をダラーと床に伸ばし、ボーっと天井を見ていると、
 温泉に入って温泉卵食べたからか、身体もあったかいしお腹も膨れているし。
 いままでぐだぐだ考えていたことが、軽くなったというか。

 まあ生きてるんだからいいよねーと思えるぐらいには私の中で消化されたらしい。

 風呂は命の洗濯だ……とは誰が言ったのか。
 その通りだと実感した。

 トーガも体が温かくなって気分がいいのか笑っていた。

 久しぶりに三人で笑いながら床をごろごろ転がって遊んだ。


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