27.糖土虫

第一部 旅編

第三章 決意

27 糖土虫

 いくつかの星に降り立った夜、眠っているときにそれ・・は起こった。

 ――ううっく、う……。

 暗くなった宇宙船の中で、三人と一匹。
 それぞれが寝ている夜中に、誰かの声でふと目を覚ました。

 そこまで大きい声ではない。
 だれだろう。
 声のするほうにゆっくり頭を傾ける。
 ……トーガだ。

 トーガは身体を伏せた状態で縮め、うなっている。
 最初は具合が悪いのかと思って声をかけようとした。
 けれど、様子がおかしかった。

 ――やめろ、とまれ、もどれ。

 そんな単語が小さく聞こえてくる。
 それと同時にトーガの体から、あの夜と同じような気の高まりが感じられ、私の身体は固まったように動かなくなった。
 押さえようと、しているのだろうか。
 大きくなっては小さくなり、小さくなったと思ったら溢れるように大きくなる。

「なんでだよ……なんでとまんない……なんで……」

 小さい悲鳴に鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。

 額には玉のような汗がいくつも浮かび、肩が小刻みに震えている。
 ――懸命に、耐えているように見えた。
 大きくなる気をどうにもできなくて、それを必死に押さえ込もうとしているようだった。

 例えて言うなら、蛇口から流れる水のよう。
 壊れた蛇口のように勢いをコントロールできていない。

 どうしてそうなるのか。
 理由が心臓が痛くなるほどによくわかってしまった。
 ――あの夜のことが引き金になってしまった?

 どうしよう。
 どうすればトーガの苦しみを取り払ってやれる?
 ――わからない。見当もつかない。
 私は気を表に出すことができないし、やり方もわからない。そんな力を持っていない。

 まさか、このまま蛇口が壊れたら。
 それはすなわち、超サイヤ人になるってことだろうか。

 そうなってしまったら……私では、抑えられない。
 だって、抑える方法なんて原作のどこにも――どうしよう。

 ビクビクしていたらトーガはしばらくすると転がって静かになった。疲れて眠ったようだ。
 私は怖くて眠れなかった。

 だけど、この夜の出来事はこの日だけのものじゃなかった。
 これから先、幾度も起きた。

 たとえば星に下りて一夜を過ごすとき、その星で見る月が大きいとき、長く宇宙船で過ごしたとき。
 それらの時に高確率で起こる発作のようなものは、トーガが成長するごとに気が大きくなっていった。
 それこそ、あの時・・・のように。

 トーガが発作を起こすたびに、自然とこう考えるようになった。

 地球に行けば、教えてくれないだろうか。

 サイヤ人はもう、地球にしかいない。そこにいることしか私は知らない。
 行けばきっとトーガは、自分の力をコントロールできるようになるんじゃないか。

 トーガは気を表に出すのを苦手としていた。
 チルは気を扱うのがうまいのに、トーガはまったくと言っていいほどできなかった。
 チルがトーガに教えてもできず、私は自分ができないから教えられず、行き着く星にはそんなことができるほど強い人なんていない。
 ダイさんだって、気を表に出すタイプじゃなかった。

 ――もう、地球に行くという選択肢しか、残っていないような気がした。

 + + + + + + + + + + + 

「サーヤ、これって食べれる?」

 そう言って頭の上にシロを乗っけているトーガが差し出してきたのは、丸いつるつるとした実のようなものだった。

 たまたま降りた星は、なんと言うか……メルヘンな雰囲気の星だった。
 宇宙船の蓋を開ければ甘い匂いが漂ってきて、降り立てばそこはまさに夢の国……。
 木の葉っぱが、薄いカラフルな色をしており、それには星型や、ハート型などのいろんな形の実がなっている。
 まるでクリスマスツリーのようだ。
 その木から実をもいで持ってきたらしい。

「……食べられるって」
「やったー。……あ、甘い。飴みたい」
「え! チルも食べる!」

 双子が口に入れてガリガリと音を立てながら食べ、あまーいと口を揃える。
 甘いのか。砂糖の代わりになるかな。

 ん? ちょっとまて……?
 調べた調査機の画面をよく見ると、気になる箇所を見つけた。

 《虫類》

「……え。虫?」

 見間違いかと思って目を擦ってみてもそれは同じ。

 ……虫、だと?

 木から一つ実をとってよく見るが、脚みたいなのはない。
 ……ちょっと嫌だけど、割ってみるか。
 ナイフを出して刺そうとしたとき、聞いたこともないような悲鳴が聞こえた。

「びゃあああああ!!」

 チルは食べていた実を放り投げて、必死に口の中のものを出している。
 驚いていると、チルが放りなげた星型の実をトーガが拾い上げて眉を顰めた。

「……これなに?」

 かじったところを見ろといわんばかりに押し付けてくる。

 キイ……キイ……。

 かすかな声で鳴くそれは、中から体液のような物がデロリと流れ、何本かわからない細い足がぴくぴくと動いている。
 私は手に持っていた実を放り投げた。

「む、虫ですね。間違いなく」
「ぎゃああああ!」
「なんで虫!?」
「食べられるって書いてあったし」

 ほら、と機械を見せると「本当だ……」とつぶやき、トーガはその実が生っている方を向いた。

「虫なら食べなかったのに! 中身見ちゃった! もうやだー!!」

 チルは叫んで宇宙船のほうに飛んでいってしまった。

 ああー。女の子らしい反応だなあ……。

 確かに私は食べられると言った。
 トーガはそれを一口で食べ、チルはかじったようだ。
 つまり、中身が見えるということだな。

 例えるならあれ、カキフライを初めて食べた時の反応。
 小さいものを一口で食べるなら美味しいねーってなるけど、半分残して中身見ると結構グロいというやつに似ている。
 ……虫のほうがトラウマになるだろうけれども。

 私はまじまじと木を見上げた。

 実だと思ったけどさ。産み付けられてるように枝についてるのよね。
 これってつまりさ。……卵だよね?

 パープル色の葉っぱをした木にはわさわさと虫の卵がついて揺れている……。
 メルヘンだと思ってた実も、虫の卵だとわかると触りたくもなくなるな。

 確かにミミズでもいいと思ったことはあるが、飢えそうになったからで、〈かばん〉がある今そんな心配なんてしなくてもいい。
 つまり食べない。食べたくない。
 うん、他の食べられそうなものを探そう。

 そう思って調査機片手にうろめいていたら、トーガがいくつか手に持った状態で私の前に立った。

「虫だけど、甘くてうまかった。〈かばん〉に入れてもいい? 後で食べる」
「いいけど……そんなに美味しいの?」
「なんか、薄いアメ? ぱりぱりしててうまい」

 ……飴か。虫を封入している飴……。うえっ。

「サーヤも食べてみて。うまいから」
「えっ、嫌」

 かなり引いたのは生理現象である。
 しかし、トーガは「まあまあ」といいながら無理やり口をこじ開け、ハート型のものを入れて、私の口を押さえた。
 頭にシロを乗っけた悪魔は存外強い力で私の顎を固定したのだ。

「むごん!」
「うまいだろ? あまくて」

 なんてことをしやがる!
 しかもこいつご丁寧に指で潰して口の中に入れた!
 おかげで口の中は地獄……ってほどでもない。

「んん?」

 確かに甘いのだ。
 例えるならばぱりぱりした飴細工とキャラメルの溶けたようなものを混ぜて食べているよう。
 味もまさかのキャラメル味。

 あれ……うまいな……。虫? ……?

 咀嚼しながら頭の中に浮かんだ虫と口の中のものが一致しない混乱状態に陥り、しばし考え込んだ。
 その間にトーガは自分で食べ比べていたようだ。

「なんか、色によって中身が入ってるのと入ってないのある。形が違うと味も違う」
「よし。分けて〈かばん〉にいれよう」

 混乱した頭がはじき出した答えは、食えてうまいならいいじゃないかという至極本能的なものだった。

 虫がなんだというのだ。
 シロだって虫類だ。
 我々はその卵を食べて生きている。
 見た目だって一口で食べてしまえば別にグロくない。
 むしろなんて完成された味なんだろうと泣きたくなる位うまい。

 そうだ。うまいものは正義。

 丸いものは砂糖味、ハート型のはキャラメル、星型はメープル。そのほかにピーマンの形状をしているものはチョコレート味をしていた。
 手のひら位のそれを二人で取って〈かばん〉に入れていく。

 入れていくうちに、虫の生態というものがなんとなくわかった。
 孵化しそうな卵は地面に落ちてさなぎになり、成虫になった後地面にもぐるようだ。
 地面に抜け殻と穴が開いているのでたぶんそう。
 そして木に登って産卵して死ぬ。これは実際見た。
 ヤドカリのようで、でもハサミがない生き物が木に登って枝に飛び移るのはちょっとはらはらしながら見てしまった。

「この卵チルに見られたら捨てられそうだなー。どうすれば普通に食べれる?」
「……産み立ての卵を使ってジャムにするとか? クレープとかに巻いて食べるとうまいよきっと」

 中身ができていない状態ならばれないだろう。

「えっあんな必死に産んだ卵をとっちゃうの!?」

 トーガはさっきヤドカリが必死のダイブで枝に産み付けた卵を指差して叫んだ。

「へ? なにいってんの? もう既にいくつか食べたし、〈かばん〉にも入れたじゃん」
「あ、そっか……で、でも」
「?」

 産みたてはだめで、もう枝についてたのは食べてもいいって認識だったの?
 それはちょっとないわ。
 必死に産んだ卵は早いか遅いかの違いだけで全部一緒。

「生き物は私たちを含め食べなきゃ生きていけない。弱いものは強いものに食べられる運命なのだよ」

 もっともらしく言ったところで、もうすでに食べたいだけだということがばれていそうだが、トーガはびっくりしたように目を極限に見開いて口をぱっかりと開いた。
 ……そんなに驚くことを言っただろうか?

「とりあえず全部とっても絶滅はしないだろうし、入るぶんだけ入れていこう」

 〈かばん〉に詰め込んで宇宙船に戻ると、チルが野菜を採っていた。
 宇宙船の周りに生えていたらしいそれは、大根のような形状をしていたが根の部分が青く、食べてみれば激甘だった。
 ヤドカリはきっと地下でこれを食べて生きてる。だから甘かったんだ。
 でもぶっちゃけると、大根よりもヤドカリのほうがうまい。大根青臭いのだ。

「チル、これ食べてみろよ。うまいから」
「? なあに? ……木の実? こんなのいつ取ったの?」

 その星から旅立って数日立ったある日、シロを膝に乗せながらトーガは未熟な卵をチルに食べさせていた。
 それは小さく、ぱっと卵だとはわからない。

「おいしい。中から甘いのでてくる……。お菓子みたい」
「だろ!! ……よし」

 首を傾げて不思議そうに卵を見ているチルと、拳を作って下に下げる動作をしているトーガ。
 それを見ながら鍋をかき回している私に向かって、トーガはしーっと指を手に当てる。

 言うなってことか。言ったらチルは泣き叫ぶだろうな。……食べてしまったし、言わないで置いたほうが賢明かな。

 うんうんと頷いて私は焦げ付かないように火を少し弱めた。
 トーガは笑って「もっと食べてもいいよ」といくつかチルに渡し、二人は笑い合いながら甘いお菓子みたいな卵を食べる。
 それはまるであの日よりも前に戻ったような光景だ。

「んー!」
「おいしいねえ」

 作ったジャムと果物をはさんだクレープもどきを食べながら、二人はまぶしく笑う。
 間にいるシロは二人の周りをころころと転がりだし、食べ終わった双子を遊びに誘っているように見える。
 その光景は平和そのもので、私はそれを見つつ手元の瓶にジャムを移した。


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