第一部 旅編
第三章 決意
28 綺麗な赤と香辛料
双子の髪は母と同じオレンジがかった赤色だ。
太陽の光にさらされると麦のように黄金色に輝く。
それらは前世で見たこともないほど美しい色をしていて、母と双子が三人揃っていたときは感嘆の声をあげたこともある。
慣れた今は逆に視界からなくなると少し不安になる、そんな色。
髪の色は、生まれた星の人々こそ色が多彩で、家族で色が全員違うなんてよくあることだった。
ナウネ星では多種多様な人がいて気にならなかった。
だから気付かなかったんだ。
ほかの星で、自分たちがいかに目立つかということに。
人のいる星に積極的に下りなかったのもきっと関係ある。
考えが甘かった。
だから私は、温泉の星で――髪を染める粉を買った。
粉は墨を磨り潰したように黒い。
それを水に溶かし、汚い泥水のような液体を私は鮮やかな赤髪にすり込んだ。
みるみる黒くなっていく髪の毛に、自分は大変なことをしてるんじゃないだろうかと震えた。
唇を強く噛んで耐える。血の味がしようが、そんなことはどうでもよかった。
きれいな赤が、真っ黒に染まっていく光景は筆舌に尽くしがたい。
泣きそうになりながら双子の髪の色を赤から黒に変えた。
「サーヤ、これだって」
「あとこっちの赤いの」
私の名前を呼ぶのに慣れた双子は、髪をはためかせて飛んできた。
髪の色のほかに、呼び方も変わった。
私がそうするように教えたからだ。
なにかあったときに呼びやすく、反応しやすいのは名前のほうだ。それに名前でならきっと姉弟妹には見えない。
セーリヤ人だとすぐにばれそうなのは双子だ。
『……ねえ見て。あのお向かいに座っている子達』
『まあ双子かしら。かわいいわね』
『髪も良いわ。なんて美しい赤なの』
『本当ね。珍しいわ』
エコナ星でお年を召したご婦人方が言っていた言葉をよく覚えている。
整った顔立ちをしていて、金色の目をしている双子は目立つ。どこにいても目を引いてしまうのだ。
それこそドーリーのような奴隷商人にはすぐにわかってしまう。
でも私は違う。
〈壁〉を使うとは思われない。黒髪黒目はセーリヤには一人だっていないから。
美しい双子たちがサイヤ人だと誰も思わないように、きっと誰も信じない。
だから狙われにくいはずだ。
――不意を、つけるのではないだろうか。
弱点は声を出せなくなることだ。口さえ開いてればどうにかなる。
私自身がセーリヤ人だとばれなければ、あそこまで窮地には陥らなかったはずだ。
「黒い実がこしょう?」
「からい!」
「食べたの?」
「うあー! からいー!!」
双子の髪は、日に透かされ栗のような茶色に変わっていた。
「馬鹿! 水飲みなさい!」
トーガに水の入った水筒を手渡すと、勢いよく飲みだす。
髪の毛を揺らしながら、チルは髪の色などまるで気にしないという風にくすくすと笑っていた。
髪を染めたときもそうだった。
鏡を見たとき、双子は顔を見合わせて同じように笑った。
私と同じ色だと。
その色は見るたびに目を背けたくなるような色をして目の前にある。
「あーからかった。こんなのなにに使うの?」
トーガの声に「お子さまめ」と返しながら、私たちは飛んだ。
+ + + + + + + + + + +
私たち三人は香辛料の星に着ていた。
フリーザ軍の情報によればこの星はラバーニというらしい。
《香辛料が豊富で素直な性格のねずみが住んでいる。挨拶をすると友好的になり攻撃してこない》
詳しく書かれていると、何かあるかもと懐疑心を抱く。
でもこの星、価値低いから文明とか発達してなさそうだ。ということは、そんなに脅威がないかも。
素直な性格のねずみか……。香辛料は欲しいんだよな……。
うーん、とりま探索してだめそうならやめとく方向で。
それでいざ星に降りてみると、やっぱり考えていた通りには行かなかった。
臭かったのだ。
香辛料が豊富なのはいいことだけど、混ざって猛烈に臭い!
地面に着く前からあまりに匂いが強くて気絶しそうになったが、そんなの生まれてはじめてだ。
宇宙船が下りた場所は水辺の比較的まだ匂いが薄い場所だったが、シロは目をしばたかせていた。
この星の葉っぱはシロには刺激が強いようで、溜め込んでいた葉っぱをあげると巣のように固めてもぐりこみ、出てこようとしない。
空気がだめなようだ。宇宙船は閉めておかなければ。
トーガはシロと離れるのに抵抗を見せたが、尋常ではなさそうなシロの様子に渋々あきらめた。
この星を探索するには鼻への刺激が強すぎる、ということで鼻から口元にかけて布を巻くことにした。ぱっと見盗賊である。
周囲を見ながら気配を探す。するとすぐにねずみに会うことができた。
ただ、ねずみっていうより黒いハリネズミなんだけど。
顔はアザラシに似ている。アザラシにとがった毛が生えている感じ。
挨拶すると、ハリネズミは同じように頭を下げた。
ハリネズミは興奮したように大げさに身振り手振りをし、片言で「歓迎する」と伝えてきた。
しゃべるタイプなの!?
フリーザ軍は初めてまともな情報を与えてくれた!
みんなに紹介するというので後ろをついていくことになったのだが……手足が短いらしく、ちまちま歩くのだ。かわいかった。
案内されたのは洞窟で、たくさんのハリネズミが蟻の巣のように家を作って住んでいた。進めば他の道から別のハリネズミがひょっこりと顔を出し、その都度「こんにちは」と挨拶をすると律儀にお辞儀を返される。
後何回やればいいのか。
少々とは言えないぐらいに疲れたころ、外の匂いがしなくなったことに気付いた。
ずいぶん奥まで来たらしい。
思い切ってマスクを取ると、まだ正常だったらしい私の鼻は、すぐさまその匂いを見つけてしまった。
ハリネズミからかぐわしい匂いがしたのだ。
彼らはこの悲惨なぐらい匂う星で香辛料を食べて生きているらしいが、一匹一匹匂いが違う。
それが外と遮断されたことによって明確になった。
つまり、体臭が香ばしい。
これは本当に驚いた。
ある一匹からにんにくの匂いがしたときは飛び上がった!
「えーっと君は……にんにく君か」
「クイ、アレ」
「ここに埋まってるってー!」
にんにくの匂いがするからにんにく君。
それぞれの体臭に見合った名前をつけ、いつも食べている香辛料を教えて貰う。
ローリエのような香りから、しょうが、パセリ。山椒や胡椒が混ざった匂いまでそこにいた。
まるで取り出せない調味料ビンである。
「カツオ君がこれだってー」
「ほおお」
その中でも一際異色なのはアレだろう。
カツオ君。
鰹節のいい匂いがするのだ。
でも匂いだけ。食べてもおいしくない。無味。
カツオ君はなぜコレを食べているんだ?ってくらいおいしくない。
でもいいんだ! あればだし汁に入れるだけでおいしくなりそうじゃないか!
「バニラは白い豆らしいけど、どうするー」
「袋、袋」
バニラくんはかわいい顔に似合わず、眉間に皺を寄せているハリネズミだ。
他と比べると強面ぎみの彼は、他のハリネズミたちが食べない苦い豆を食べる。
なので、彼だけすごーく甘い、いい香り。
「ココ、キナ、カレ。コレ」
「へえー。こんなにいっぱい食べるの?」
「スコシ。マゼタノウマイ」
「ほおー」
一番の衝撃だったのはカレーさんの存在である。
カレーの匂いがしたハリネズミさんはグルメらしくちまちまいろんなものを食べているようだった。
なおかつお年を召しているため、熟成されたような匂い。
近寄るだけでお腹がすくような、たまらん匂いで正直困った。
ほかにシナモンとゆかりさんもいらっしゃる。
このハリネズミたち、挨拶さえしていれば友好的に自分の食べているものを教えてくれる。
ちょろい。いや、とても親切なハリネズミさんたちだった。
そんな彼らにお礼としてあげたのは先日採取した青い大根だ。
みずみずしく甘い大根は事の他ハリネズミに好評で、もてあまし気味だったものをすべて渡し、その代わりに大量の香辛料が〈かばん〉に収まった。
流石にそれを全部粉にするとなると、私の右手は動かなくなってしまう。なので、カレー粉の調合だけにしてあとは双子に細かくしてもらった。
中々いい星だった。臭い以外は。
強烈なにおいは染み付いてしまったらしく、宇宙船は1週間ぐらい匂いが取れなかった。
+ + + + + + + + + + +
「染めるとき髪長いのめんどくさいなー。……切るか」
髪を染めても粉だったせいか、すぐに色が落ちてしまう。洗えば双子の髪は色がまだらに変った。
その度に染め直し、色を黒に変える。
何回か繰り返したあと双子は染まった髪の毛を見ながら、まるで天気の話でもするみたいに話したのが発端。
「うん。そのほうがいいね。サーヤ、切って」
そんな軽い言葉でチルは長くなった髪を切った。
母のように腰辺りまで伸ばしていた髪を、ばっさりと肩上で切りそろえたのだ。
トーガの髪も限りなく短くなった。
「おお! 頭軽い!」
「こっちのほうがいい!」
二人は頭を振りながら声を弾ませる。
黒くなった髪の毛は袋の中でこんもりと山になり、それを片付けながら私は思いを馳せた。
地球は多種多様な種族が暮らしている星だったはずだ。
ピラフのようなよくわからない者や、犬、ウーロンのような豚。
そこに私たちが混ざっても、たとえ髪が赤くても変な目では見られないだろう。
首の包帯も、しなくてもいいのかもしれない。
……奴隷もいないはずだ。たぶん。
「あっ! 髪洗うときも楽なんじゃないかな!」
「そうだな!! なんだ最初から切ればよかったなー」
あははと笑う双子を余所に私は大変複雑な気持ちを抱いた。
あー。地球行きたいなー。
トーガの発作はいつからか少なくなったけど完全にはなくならないし、髪の色は悲しくなるくらい汚い色に変るし。
地球に行ったら解決するかもしれないのに、遠いなー。
長かった髪の毛を束にして洗えば茶色い髪の毛に変る。それを吊るして乾かしながらしみじみと思った。
