第一部 旅編
第四章 懐古
39 レシピと厚意
さっき飲んだのは大変薄かった。
牛乳を水で薄めたような感じだったのだが、かき混ぜた後のこれはまさしく牛乳そのもの。
大変うまい!
ココユさんを見ればにやにやと笑って、木の枝を放り投げていた。
「乳と似ていてうまいだろう? 欲しけりゃ持っていきな」
「な、なんでかき混ぜたら美味しくなったんですか? 魔法の枝?」
かなり不思議だったから聞いたのに、二人に笑われた。
収穫した実の入った籠を台車に載せる作業をしていた他の方々にもそのことが聞こえていたらしく、笑い声が森に響く。
「ふふっ! サーヤは面白い事言うのね!」
「この実は尻のところが種で中は果汁なのさ。中を割ってみればわかるが、卵みたいに二層の膜で分かれていてね。外側が水っぽくて中側が濃いんだ。混ぜてしまえば膜なんて気にならなくなるし、飲むならその方がうまい。ちなみに中の部分は脂肪分が多いから混ぜればクリームになる。それを挟んだ焼き菓子があたしゃ2番目に好きだね」
それ、バ、バター? いや、生クリーム!?
私の耳はきっと象並に大きくなっていたことだろう。
「1番は?」
「桜桃酒に決まってるさね」
「ココユ様は酒好きだなあ」
あははは、と皆が笑っている中、私だけは口元に手を当てながら持っている実をじっと見ていた。
耳に入ってくる単語は聞き逃せないものばかりだ。
どれも欲しい。
作り方も教えてもらいたい。
そわそわしだした私の耳に、他の人たちの会話が入ってくる。
「マイトはやわらかいパンも焼けるようになるし、私たちとってはなくてはならないもののひとつよね」
「そうね、無いと味気ないわよねえ」
パ、ン!?
パンって言った!?
「マイトを知らないならアレも知らないんじゃない?」
「ああー。サーヤ、マイトだけじゃなくて食用油の実も酒の実もあるぞ。あっちに」
油!! 酒!!
私は飲みかけの実をもったまま飛んで、目線を合わせながらココユさんに詰め寄った。
「この実はどれ位くれるんですかできることならすべて欲しいです油も酒も同じく欲しいですあとバターとパンとお菓子っていうか全部作り方知りたいんですけど教えてもらえないでしょうか」
息継ぎをせずにまくし立てるとココユさんはたじろいだように後ろに下がった。
「全部くれてやる! それにパンだろうがなんだろうが教えてやるから、まず落ち着きな!!」
やったー!
私はその場で小躍りしたくなるくらいテンションが上がった。
作り方をメモしておかねば! 紙も貰お!
「全部!? 飲めるの!?」
「ああ、商人の子どもだから余ったらほかの星で売るんじゃない? 不思議な〈かばん〉も持ってるし。しっかりしてるわー」
「違いない。でもそれぐらいじゃないと旅はできんわなあ」
「いやでも、ココユ様が慌てるなんて珍しいもの見たなー」
「あはは」と笑う皆にココユさんは片眉を器用に下げたかと思ったら、「おしゃべりは終いだよ! 働け!」と怒鳴った。
笑いながら作業し始めた皆をよそに、私は〈かばん〉に今しがた取ったばかりの果物を詰めていると、ミヨさんが耳打ちしてきた。
「サーヤ、あの端っこの木わかる? あのいっぱい実がなってるけど誰も取らない木。あの実はね、お酒につけるととてもおいしくなるの。今つければサーヤが飲めるころには極上品になるんじゃないかしら」
がばっとその木を見た。
梅だった。
なんという誘惑をしてくるんだこの美少女!
私はがしっとミヨさんの手を握って頷いた。
「シロップ!! 作れますか!? お酒も欲しいですけど砂糖につけたシロップが欲しいんです!!」
「ああ、おいしいわよね。でね、相談なんだけど私にも……」
「こら! ミヨ! さっさと籠につめな! サーヤも、ちゃんと周り見てな!」
こそこそ話していたら、ココユさんに怒られてしまった。
しまった!と二人で作業にもどると、また皆が笑った。
+ + + + + + + + + + +
その日から私は紙を片手に走り回ることになった。
皆が料理や菓子などの作り方を教えてくれるといってくれたからだ。
教えてもらったことを書きとめ、本も貰ったりして。時には実地で教えてもらった。
パンやクッキー、ケーキなどから、漬物や油を使った料理に魚や肉に至るまで、聞けることはなんでも聞いて書き記す。
梅酒やシロップ、梅干などのを作り方はココユさんに教えてもらった。
成熟してる食文化最高! 聞けばなんでも作れる!
嫌がられたりはしなかったから、細かいところまで逃さずにメモした。
そしたら一緒に作業する人と仲良くなって、そのうち加工品とか貰うようになった。
毒見とかさすがにできないなーと思ってたら、サジェスさんが無言でやった。
それで皆に怒られて……いたたまれなくなってやめてもらった。
いいよいいよ。後で自分たちで調査機使うから。
さっさと気づけばよかったのよね。
調査機毒性あるかどうかも調べられるから、それでわかるじゃんって。
でも、そうやっていちいち調べるのもなんだかなあって思うぐらいにはたくさんの人と仲良くなってしまった。
バターや小麦粉などの食料から、炭や石鹸などの日用品まで貰って、貰いすぎだなと思った私はシロの卵や光塩などちょっと変わったものをあげた。
そしたら変な人が釣れたらしい。一番反応したのは目の上に傷があり、ワイルドな感じの壮年の男性、つまり最初に人に質問したきり放置だった、かの人でした。
「この卵はどんな条件で孵化するんだ」
そんなの知りませんよ。
この人は研究者だったらしく、シロが卵を産むところを見てから卵を、光塩を渡して効能言ったらそちらも研究し始めたらしい。
そのほかにもないのかと言われ、甘い虫の卵や、ソタ豆、ミドなどを渡したら、強盗が現金を手にしたときのような凶悪な笑みを浮かべながら去っていった。
なんなんだ。朝っぱらからおかしな人だな。
そう、朝なのだ。
あの人はご飯を食べているときにいきなり来て、散々質問し、人から物を巻き上げていきやがったのだ。
「変なやつだな」
「ご飯食べていけばいいのにね」
「やだよ。オレの分なくなるじゃん」
ジャムやクリームで口の周りをべたべたにしながら双子は会話している。
今日の朝ごはんは教わったパンケーキだ。
定番のバターやジャムだけじゃなくて、ウインナーや卵も焼き、好きなように食べさせているが双子の食べる物がものの見事に分かれて面白い。
「サーヤ、あのね。クズロなんだけど、気配を感じないからいなくなったと思う。だから次はワニを獲ろうと思うんだけど……」
ホイップクリームたっぷりと、イチゴとバナナ、ジャムをかけた甘ったるそーなパンケーキを器用にフォークに刺してチルは頬張った。
「もう子どもすら居ないもんな。猪だってもう狩りつくしたような感じだし」
トーガは目玉焼きにケチャップとしょうゆを混ぜたソースをかけて食べている。
私は例のごとく果物オンリー。
味見で1枚食べたしな。
バナナを剥きながら私は言った。
「うん、がんばって」
「そうじゃなくて……〈かばん〉もうパンパンなの」
「えっもう?」
双子の〈かばん〉収納量はとてつもなく多いんだけど、さすがに巨大生物を入れまくっていれば上限に達してしまうらしい。よっぽど獲ったな。
私は自分の〈かばん〉をチラッとみた。
野菜や果物で私の〈かばん〉も中身が多くなってきた。
本当は前々からある解体しきれていない動物を肉にして整頓しなきゃならないんだけど……。
め、めんどい……。
しょうがない、とりあえず狩猟したものは新しい〈かばん〉に突っ込むようにしようか……。
「解体ならやってやろうか。うちは家畜の解体全部機械化してるから欲しいところだけ持っていけばいい」
ご飯を食べ終えた後、双子を見送り、ココユさんのところに行って今日なにをするのか聞く。
これは最近、毎日の恒例となっている。そのときについでに相談したらそんな答えが返ってきた。
ココユさんはキセルをつぼにかんかん叩きつけ、小さい白いものを詰め込みながら続ける。
「今更あんたらになにかしようだなんて企む馬鹿はいないと思うが、わからんからね。疑うなら自分でやるしかない。いらないものなら引き取ってやるよ」
うーん。
ぶっちゃけると、やってもらいたい。
大きさが大きさなので、双子に手伝って貰ったとしても一体につき3日くらいかかりそうだし、血まみれになって衛生面でもめんどくさそう。あと一番の懸念は量。
〈かばん〉に入ってる量全部やったら私疲れて死んじゃう。
毒物云々は調査機に頼ることにしよう。解体したところを自分で選ぶならより安全だろうし、血まみれよりはましだ。
私は茶色く汚れた〈かばん〉をココユさんに渡してお願いすることにした。
「この〈かばん〉の中身全部お願いします」
ついでに私の〈かばん〉の中のものも解体してもらおう。
そう言うと、ココユさんはにんまり笑って「構わんよ」とふーと煙を吐いた。
「案内してやろう。解体場に居れば間違いなんて起こらんだろうし、後でミヨを来させてやる。説明して貰え」
私は目を瞬いた。
今日も果樹の森に行くんじゃなかったの?
ココユさんはキセルを持ったまま立ち上がり、部屋の外にでる。
「クズロを狩り終わったんだろう? ならあたしらに付き合う必要なんてないさ。好きなように過ごして好きなときに出て行けばいい。――ほら、こっちだ。急ぎな」
あっ、そうか。そうだったな。
クズロを倒せばもうここにいる意味はない、晴れて飛び立てるわけだが……。
私は駆け足でココユさんの後に続き、しみじみと周りを見た。
この星に着てからもうすでに3週間以上経っている。
最初大きい宇宙船の周りは朽ちかけた家しかなかったのに、今では面影すら欠片もない。
大型の動物が駆逐されてから、たくさんの家が立ち並ぶようになり、たくさんの人たちが宇宙船から降りてそこに住むようになった。活気に溢れた村は、もうすでに町のように発展している。
そこを通ればいろんな人が声をかけてくれ、たくさんの人がものをくれた。
「サーヤ、バター作ったから後でやるよ。うちによってくれ」
「ねえ、双子に服作ったんだけどどうかしら」
「瓶は足りてる? なければ言ってねー」
住むところとしてはこれ以上いいところはない。
星自体の気候も安定していて、災害などは皆無だし、科学がある程度発展していて、なおかつ食べ物が美味しい。考え方も日本人ぽくて話していて安心するし、なにより衛生面の考え方がしっかりしている。
いままで訪れたことのある星の中で、一番前世の日本に近い星だ。
そして、ここの人たちはセーリヤ人という種族を知らなかった。
サイヤ人でなければ、トーガの発作がなければ、ここで一生過ごしていたかもしれない。
残念だなあ……。
本当に残念だから、せめて保存食完備してから旅立とう。
私は圧迫する〈かばん〉の中身を整理しなければ、と決意してココユさんの後ろを歩いた。
