第一部 旅編
第四章 懐古
40 大漁
解体場と呼ばれたところは、真っ白で衛生的そうな内装をしており、ココユさんがいうようにほぼ機械が処理していた。
それこそ〆るところから、血抜き、開腹までほぼ人の手が入ることはない。
〈かばん〉を占領していた猪とワニを見たココユさんは、まるですっぱいものを食べたときのような顔をした。
「ずいぶん獲ったね。これだけの量だ。終えるまでには時間が掛かるよ」
「どれ位ですか?」
「……1週間はかかるんじゃないかい」
早っ。
想定よりかなり早いよ! お願いするよ!
工程も見せてくれるというので、試しに〈かばん〉から1匹取り出しやってみてもらう。
人の身長の2倍位ある巨大猪だ。
その猪はあれよという間に皮を剥がされ、そう時間も掛からずに肉と内臓に分かれた。
解体後の肉はまるで売っているようなきれいなピンク色の肉に変わり、それを熟成させるらしい。内臓は別の処理をするために他へ運ばれていく。
「食べごろになったらお肉屋さんに卸されるの。お肉屋さんは大きい塊をさらに切り分けて皆に売るのよ」
解体作業を見ていたらココユさんと入れ替わりでミヨさんが来て教えてくれた。
「下に新しく建物が建っているでしょう? 中にお肉屋さんがあるわ。行ってみる?」
お肉屋さん……! 甘美な響き! ぜひ覗いてみたい!
「行きます」と即答し、早速向かうとまさにそこは別世界。ログハウスに入ったはずなのに、中はスーパーにでも来た様な内装で店員さんが「サーヤとミヨさんか。いらっしゃい」と声をかけてきた。
「肉持ってるのに買いに来たのか?」
肉屋の店員さんは首を傾げたがその通りである。
どんな肉が売っているのか気になって見に来たといえば、近くに牧場があることを教えてくれた。
そこの家畜を解体し、売りさばいているようだ。
「前まではクズロに全部食われてたけど、今はいないからな。やっと働けて一安心さ」
そういう店員さんは笑っていた。
店内を物色すれば、鳥から牛までたくさん肉が並んでいて、そこから欲しいだけ注文するようだ。
牛。牛が食べたい。
肉屋から買うのであれば、問題ないだろうか。
私はじっと赤みを帯びた肉を凝視した。
「欲しいのなら金払え……といいたいところだが、持ってないだろ? ワニの肉と交換でいいぞ」
「ならコレください」
店員さんがとてもよい取引を提示してくれた。のらないという選択肢はない。
即答したからか店員さんは笑い、ミヨさんは口をぱっかり開けた。
「呆れた。あれだけあるのに足りないの?」
「種類が違うじゃないですか。獲ってもいいっていわれたけど野生の牛は滅多にお目にかからなかったし。あるなら食べたいに決まってるじゃないですか」
「はあ、サーヤって食べるの好きね。双子もだけど……」
「いいことだ。たくさん食べてでかくなれ。肉は塊がいいか? 薄く切るか?」
「薄く切ってくださいお願いします。でも塊も欲しい!」
「わかったわかった」といって笑いながら店員さんは奥に入っていった。
うわーい!
これで牛丼とかカレーとかシチューとかおいしいのいっぱい食べれる!
牛肉はナウネ星で食べたっきりだから恋しくて恋しくて!
うきうきしていたらミヨさんがくすっと笑った。
「……ねえサーヤ、私これから川に行こうと思っていたんだけど一緒に行かない? 魚も欲しくない?」
魚! 欲しい!
欲求に駆られ対して考えもせずにぶんぶんと頭を縦に振ったら、「決まりね」とミヨさんは店の奥に向かって声をかけた。
帰りにまとめて受け取ることにして、その足でミヨさんと川に向かう。
魚を獲る道具も持って来たらしい。
川……というよりもう海なんじゃない?って言うくらい広い水辺にたどり着くと、双子とサジェスさんがワニと戦ってた。周りには倒した死体が10匹位転がっていて、結構前からそこにいたのかなと想像できる。
「あれー? サーヤ? どうしたの?」
「ミヨ! なんでいるんだ!」
戦い終えた三人は早速こちらに気付き、サジェスさんが走ってやってきた。サジェスさんはミヨさんの両腕を掴み言い聞かせるように話している。
「危ないだろう! ワニが出るのにこんなところに来たら!」
「サーヤがいるから平気。魚が欲しいって言ってたし」
「サーヤ! いくら君が強くてもミヨはそうじゃないんだから連れてこないで欲しい!」
サジェスさんに怒られてしまった。
えっえー。
私が連れて来たんじゃないよ。
連れられて来たんだよ。
確かに魚は欲しいと言ったけど、発端はあなたの嫁だ!
言い返そうとしたらミヨさんが困ったように眉を下げて片手を肩に当てた。
……どういう意味だ。
もしかしてごめんってこと? ……あ、出しにされちゃったの私。
「いいじゃん、もう来ちゃったんだし」
「うん。もうここにはワニいないから大丈夫だよ」
双子は返り血だろうか? 体を茶色に変えながら歩いてきた。
サジェスさんは「それでもダメ」と言ってミヨさんを川から遠ざけようとしている。
山に行っても狼出たら危ないぞ。
「大丈夫。サジェスもいるし。それよりも魚を取るの手伝って欲しいな……だめ?」
ミヨさんは上目使いでサジェスさんを見つめて、こてんと首を傾げた。
「うっ」とたじろいだようにサジェスさんは顎を引き、「しょうがないな……」とミヨさんが持っていた道具を代わりに使い出した。
……なんつーかあれだな。
「サジェス、ちょろいな」
ぼそっとつぶやいたトーガの言葉に、私とチルが頷いた。
皆思ったことは一緒だったらしい。……ロリコンめ……。
「まあいいや。オレも魚採りたい」
「まずワニを血抜きしてからにして」
血抜きするためにワニを逆さまに木にぶら下げると、その木の根元には血が流れる。それが10体。つまり10本の木が血まみれになるということだ。……遠目からみればなんというホラー。
「肉食の動物が集まってくるかも知れないから、サーヤは警戒しててくれよ」
サジェスさんはちらちらとこちらを見ながら網のような物を川に投げる。
気のない返事を返してその作業を見守ると、サジェスさんが石を投げ始めた。魚を網に追い込んでいるのだろうか。双子は不思議そうにしながらも言われたとおりに石を遠くに投げている。
「もういいよ。トーガ、引っ張るのを手伝ってくれないかー」
「おーう」
サジェスさんとトーガが網の端についている木のような柄を引っ張ると、網にはたくさんの魚がかかっている。私たちはその網を覗き込んで感嘆した。
「うわー大漁じゃん」
「獲ることもなかったからね。油断してるんだろう」
「でも、魚ずいぶん多いよ? 破れないの?」
チルが首をかしげている。
大漁なのはいいことだけど、チルが言うとおり明らかにおかしい量の魚が網にかかっている。
「この網はね、水の中で動くものを絡め取るようにできているんだ。この網に耐えれる量ならこうやって捕まえられるって事さ」
「ああ、だから石投げたのか。でも動くなら石も入るんじゃねーの?」
「石は無機物でしょう? 生きているものしか獲らないの。この網は重さも軽いから女の人でも漁ができて楽なのよね」
なにそれ欲しい。
あれば労せず魚が取れるってことでしょ? すごく欲しい。
「それ……」
「まあすぐに壊れちゃうからメンテ大変なんだけどね。想定外の力がかかることが多いんだよ。やっぱり、食べられるってわかってるんだろうなあ」
欲しいな、と喉まででかかった言葉は引っ込んだ。
壊れやすいならいらない。
まあ、うまい話はないよね。
網にかかった魚を5人で仕分けしていると、底のほうに黒くてにょろっとしたものがたくさん入っているのに気がついた。
……なんか前世で見たことがある魚だ。
見るだけでよだれが溢れてくるような……と思ったのは私だけだった。
「なんか気持ち悪い……これ、なに?」
「魚?」
「鰻だよ。毒があるから気をつけて。ぬるぬるが目に入ると見えなくなっちゃうよ」
私は驚いてサジェスさんをガン見した。
いま、なんていったの?
う、うなぎって聞こえたんだけど。
うなぎって。
鰻?
聞き間違い?
私はにょろにょろしたものを指差して聞いてみた。
本当に自分の知っているうなぎなのかどうか確かめたかった。
ここは日本じゃない。
だから存在するわけない。
でもミルクだってバターだってパンだってアイスだって他の星にはあった。
地球にあるもので似ているものは宇宙の星々に溢れていたのだ。
けれど、鰻はなかった。
いままでただの一度も目にしたこともなければ、耳にしたことすらない単語。
確かに?
ワニはワニという名のうろこがないよくわかんない生き物だし、猪は黒くて二股の牙を持つバカでかいやつだし、狼は犬よりちょっと大きい狐っぽいやつだった。
名前と実物が前世と全く同じってのは無い。
――でも、この鰻は、前世で見た『鰻』と酷似している。
確認のために尋ねたが、サジェスさんとミヨさんは間違いなく鰻だと声を揃えて断言した。
「なんか、まずそうだなー」
「ああ、捨てて。食べないから」
は? もう一度言って?
私は網をひっくり返そうとしているサジェスさんとトーガを止めた。
「たべない? 捨てる?」
「た、食べないよ。鰻には毒があるんだよ? 加熱すればなくなるけど、捌く時に手についてしまうし……さして美味しくもないらしいし……」
サジェスさんの言っている言葉の意味が全くわからなかった。
鰻を捨てるだと?
前世の『鰻』にそっくりなのに?
そっくりってことは『鰻』そのものかもしれないのに??
身体が震えた。
寒いわけじゃない。怒りで震えたのだ。
「おまっ、ばっ、馬鹿――――――!!」
「うわっ!」
思わず叫んだら他の四人が耳を抑えてしまった。声が大きすぎたらしい。
しかし、そんなことは鰻の前では些細なことだ。
鰻だぞ!? この鰻が前世の『鰻』だった場合、高級食材みすみす逃すことになる!
しかも食べないのに美味しくないとかそんなこと言うの!? 馬鹿なんじゃないの?!
私は4人を尻目に〈かばん〉を開けた。その中からゴム手袋を取り出し装着、大きい鍋も取り出し、鰻をそれに入れ始めた。
「こ、声大きすぎるよ。……? 鰻なんてどうするんだ」
「……べる」
「え?」
「食べるの!」
「ええっ!?」
「全部持って帰って捌いて食べる!!」
あるなら捌けば食べられる。
食べてみなければ本物かは判断できない。
偽物だったら残念と思うだけだが、逃して後悔はしたくない。
網の中には軽く見て30匹位いる。
これだけあれば一つや二つくらいうまく捌けるはず。
私は鰻が好きなのだ。
大好物なのだ。
前世では毎年土用の丑の日を首を長くして待っていたほど好きなのだ。
年々高くなっていく鰻に嘆くことしかできなかった前世とは違い、ここにはたくさんある。
しょうゆもある。砂糖も酒も山椒も、米も炭もある。
これだけ揃っていてやらないのはむしろ罪ではなかろうか。
「はあ?」という声が聞こえてきたが構わずに鰻を鍋に入れる。
くそ……滑って逃げられる。
「いや、聞いてた? 毒があるんだってば。捌いたら流れ出して……」
「だからどうした。加熱すればなくなるんだろ? なら食べる」
「……ねえ、サーヤどうしちゃったの?」
「オレに聞くなよ。サーヤたまにおかしいときあるから、そうなっちゃったんじゃないの?」
「うん……たまによくわからないときがあるの」
うっせーよ! なんだよたまにおかしいって!
食わせないぞこらあ!
「鰻はおいしいの! 見てないで鍋に入れるの手伝ってよ!」
「ええー」
文句を言いつつ双子は鍋に素手で鰻を入れていく。
それにサジェスさんは「目擦るなよー舐めるなよーちゃんと洗えよー」とうるさい。
鍋に鰻を入れ終わったら、そのまま宇宙船に戻り早速作業を始めた。
