第一部 旅編
第四章 懐古
41 鰻の蒲焼
それから1週間。
ちょうど肉が解体し終わるまで、私は捌きに捌きまくった。
ぬめる鰻(仮)をわざわざ作ってもらった長いまな板(貰うまではただの板にやってた)に打ち付け、テレビで見たことを思い出しながら捌いた。
しかし、所詮素人。
どうやってもうまく捌けず、地団駄を踏みながら双子に再度持ってこさせ捌き続けた。
失敗した鰻(仮)はもったいないから煮て食べてみたけど小骨が気になって……許せなかった。
トーガは気にせず食べていたが。
私は悔しくて悔しくて鰻(仮)を捌きまくった。
それこそ板前になるのか?ってくらい。
「ま、また手が痛くなるんじゃ……」
朝から晩までずっと包丁持って捌いていたからかチルが心配してくれた。
しかし、私は笑ってこう返した。
「ソタ豆食べるから大丈夫!」
包丁持ちながら言い切ったら、黙り込んだチルの肩をトーガが叩いていた。
なんだよ。
ソタ豆は怪我を治す。
仙豆とよく似た薬効をもつこの豆は、食べると体力が回復しお腹がいっぱいになる。
しかし私は気付いてしまった。いや、赤鬼さんが気付かせてくれたのだ。
腰痛の治癒である。
ぎっくり腰っぽい赤鬼さんも治ったんだから腱鞘炎だって治る! 部位が違うだけの同じ炎症だろ?
そう思って右手が死にそうになったとき食べたら回復した。
私はその時勝利を確信したのである。
鬼のように捌いていたら、もう何匹捌いたかわからなくなったとき、なんとか妥協できるレベルにはなった。
そうなれば後は食べるだけ。
私は貰った炭で火を熾し、蒸した鰻(仮)を焼いた。
しょうゆと砂糖を溶かしたタレに鰻(仮)を浸し、それを炭火で焼けばタレが落ちて香ばしい匂いが漂う。
私は職人ではない。しかし、食べたいもの、特に大好物には妥協したくない。
皮目はこんがりと、身のほうは軽く。
音でわかる香ばしさ。
音程のわかるいい耳を持ったセーリヤ人に生まれてきて良かったと、神に感謝する瞬間が訪れた。
炊き立てのご飯にタレを回しかけ、大き目の鰻(仮)を乗せる。
私に抜かりはない。
山椒さん、あなたは〈かばん〉に入ってから初めて役に立ったよ。
そう思いつつ山椒をトントンと振りかければ、見た目からしてすでに至福。
ふ、と笑いが漏れるのは仕方がない。もうすでに鰻(仮)しか見えていないのだ。
私は大きく箸で取り分けた鰻(仮)とタレが染みこんだご飯を口に含んだ。
「んむううう!」
思わず声が出た。
あーっ、これは(仮)を外せる。
鰻だわ!! 正真正銘の鰻!! うまーい!!
やっぱり鰻は炭火だね!
今までの苦労はこのためにあった。甲斐があったのだ!
私にしては珍しく一気に食べ終えると、なんかみんなに囲まれていた。
「……ん? どうしたんですか皆さん」
中でもココユさんは仁王立ちで私の前に立って目を吊り上げていた。
「どうしたんですか? じゃないよ全く。毎日毎日なんてうまそうな匂いを漂わせてんだいあんたは! もう我慢ならない! 寄越せ!」
「あっ」
3尾焼いて、今1尾食べたから残り2尾。
そのうちの一つの串をココユさんが奪い取り口に入れる。
一切れ食べて目を瞑り、もう一切れに口をつけて食べきった後、うっすらと目を開けて唸った。
「本当に鰻かい? 信じられないね……」
「私も食べたい! ……あ、おいしい」
ミヨさんはサジェスさんがたじろいでいるのにも拘らず、残った鰻をかぶりつく。
「うなぎ? 本当にうなぎ? 食べても大丈夫?」
サジェスさんはおろおろとミヨさんを見ていたが、ミヨさんが残った鰻を食べさせたら黙ってしまった。
「どうしてくれるんだい。あの鰻だって言うから、みんな気になっちまって仕事になりゃしない。……みんなの分はあるんだろうね」
宇宙船の外で机借りて作業していたものだから、香ばしい匂いが風に乗って町に入り込んでしまったらしい。
その他の住人はこちらをちらちらと気にしているが……中にはとんと見てなかった監督さんも混じっている。
「み、皆さんの分ですか?」
それは流石に無理じゃないかなあ。
ここにいる人の分なんて、とてもとても。ははっ。
笑って誤魔化そうとしたらトーガが腕組みをしつつ目を細め、チルはじっと見つめながら言った。
「あるよなあ、今朝とって来た分。ないなら獲りにいくけどさあ? まさか自分だけ食べて他には食べさせないなんて……なあ? 手伝わせたくせに」
「たくさんある。行けば獲れる」
よく見れば、双子の目が据わっていた。
どことなく恨めしそうにも見える表情をしている。
「……だそうだよ。よし! 皆も手伝いな!」
うっえー!
せっかく捌く作業から離れられると思ったのに! 満足したのに!
「毎日いい匂いさせて、終いにはあんなに美味しそうに食べるんだもの。誰でも食べたくなっちゃうわ!」
捌いた鰻に串を刺しながらミヨさんは言った。
「美味しかったなー……。ねえ、この茶色のソースはなにでできてるんだ? 作り方教えて」
串の打った鰻をサジェスさんが蒸していく。
「鰻ってのは普通ぶつ切りにして煮て食べるものなんだよ。火を通せば確かに毒はなくなるが、骨が多くてね。それこそ昔は貧乏な時に食べたもんだが……今は誰も食べやしない。それがねえ」
蒸された鰻をココユさんが焼く。
タレに浸した鰻からは香ばしい匂いが漂い、待ち人は更に増えた。
「ほい、追加」
「米もたかないと」
大きい鍋……いやもうすでに業務用のゴミ箱並の大きさのバケツに鰻を取って持ってきた双子は、どす、ごすっと音を立ててそれらを地面に置いた。
覗けば「うへえ」と思わず呟いてしまうほどの鰻が入っている。
自分が食べるものでないと思うだけでたちまちめんどくさくなる鰻。
私は黙ってそれを見つめてしまった。
「悪かったね、あんた達のぶん食べちまって」
ココユさんが双子に向かって言うと、双子はふるふると頭を左右に振った。
「それっぱかしじゃ足りないから、別にいい。後からでも食えるし」
「最初に食べて。残ったのゆっくり食べるから」
にっこり笑いながら言う双子の言葉に、私は〈かばん〉からすっと一粒ソタ豆を出して口に入れた。
一粒で足りるだろうか……。
右手を見ながらしみじみとかみ締めたソタ豆はどことなく苦い気がした。
「ほらほら、さっさと捌かないとはけないだろ! おおーい、誰か捌き方覚えないかい!」
「ジーノさんが『梅取ってっただろ。早く寄越せ』だって」
「ポザゲスさんが『肉解体してやったんだからさっさと食わせろ』って怒ってるぞ」
「船長が『食べてみたい』つってた」
「つーか俺が食いたい。早くして」
群がる見知った顔に向かって、「そんなの知らねーよ!」と叫びたかったが、とてもじゃないがいえる雰囲気ではない。
「喜べば。捌くのうまくなるぞ」
「うん。なりたいって言ってたもんね。サーヤのためになってよかった」
双子の言葉を遠くに感じながら、修行の成果を見せるように私は捌いた。
さすがにすべて終わった時右手どころではなく、私は地に伏した。
それを双子はソタ豆を食わせて回復させ、何事も無かったかのようにその後は収束したらしい。
目覚めてから気づいた深夜。
右手は回復してたけど、ソタ豆は疲労までは取ってはくれなんだ。
その日から三日、ほぼ寝て過ごすことになってしまった。
梅酒から多種にわたる果実酒、シロップ。
トマトソースやバジルソースなどの調味ソース。
チーズ、乾物、発酵食品。
オイル漬けに塩漬け酢漬け、果ては燻製された食品の数々。
鰻を皆に振舞ったからか、皆が保存食をくれた。宇宙船の保存庫冷蔵庫は保存食で溢れた。
肉はいいところを。魚は大きいところでわざわざ下ろして貰ったり、野菜もたくさん。
小麦粉も〈かばん〉いっぱい。
毒があるかどうかの確認はもう考えてなかった。
めんどくさくなるぐらい、倒れたら皆世話を焼いてくれたのだ。
これで疑ったら、なにを信じたらいいのかわからなくなるくらいだった。
感謝の思いしか既にない。
当分補給しなくても暮らしていけるくらいものを貰った私たちは、旅立つことになった。
「マイトや油の実は植えると木が生えるよ。鉢植えでもいいから植えてみな」
ココユさんは別れ際にそう教えてくれた。
この人には本当にお世話になった。いなければ私たちはさっさとこの星から出て行っただろう。何の収穫もなく。
「本当にありがとう。また来れるようならぜひ来て欲しい」
サジェスさん。あんまり頼りにならない運がいいロリコン。双子はこの人とともに過ごした時間が長かったからか別れを惜しみながら挨拶を交わしている。
「……サーヤ、あの……。……なんでもない。地球へ行って、もしその、ダメだったら戻ってきてね? また一緒にシロップ作ろう?」
ミヨさんは俯いて今にも泣きそうだ。
この一ヶ月強、いつもそばにいたのはミヨさんだ。
いつでも来ればいいとの温かい言葉に、私はこみ上げるものを必死に押し込めながら頷いた。
「恩人にできる礼など取るに足らないものばかりで申し訳ないが……グリタスに用意させたものがある。持っていってくれまいか」
最後は監督だ。いや船長か。
グリタスと呼ばれた人はあの、いつぞやのワイルドな朝食の乱入者のようだ。
その人が差し出したものは台車に乗っており、グリタスさんは覆われた布を仰々しく取った。
「?」
なんだかでかい酸素カプセルのような物が置いてある。
「メディカルマシンだ。病気なども治せる。何故高度な宇宙船についてないのか疑問だが、持っておいて損はない。ぜひ貰って欲しい」
……いや、それ、宇宙船貰ったところでも勧められたけど、いらないって突っぱねたやつだ。
熱だしたときに回復が早くなるなら積んだけど、『病気じゃないからさほど変わんないよ』ってその時の医者に言われたんだよね。
すっごく場所とるし、エネルギーめっちゃ食うし、じゃあいらねってなったんだよなあ。
私たちは三人で頷いて、それを運ぶことも無くお礼を言って頭を下げた。
「短い間でしたが、ありがとうございました。いろんなことを教えてくれてとても勉強になりました。ミヨさん。サジェスさんと仲良く、お幸せに」
「ありがとう。レモネードおいしかった」
「サジェスー。がんばれよー」
そして飛んで宇宙船に入るとさっさと打ちあがった。
監督さんたちが一生懸命マシンを指差しているが、ココユさんはそれを窘めている。
「はは、慌ててら。面白かったなー」
「うん。楽しかった」
そうだね、と双子に返して、たくさんの人が手を振っているのを見ながらその星を後にした。
