第一部 旅編
第四章 懐古
42 刃物と真珠
私は日常的に刃物をよく研ぐ。
解体用のナイフにノコギリ。
包丁。
小型のナイフ。
最もよく研ぐのは解体用と包丁だ。
最初から持っていた刃物は研ぎすぎて刃が小さくなってしまっていた。
ナウネ星で買い足した刃物は欠けてしまったし、ビルタさんに貰ったものはいまいち切れ味が落ちるのが早い気がする。
困った。
実は〈かばん〉の中には死体がまだ解体されずに入っているんだ。
それに先日降りた星では大きな鹿が手に入ったのでそれも解体したい。
しかし手元の包丁では心もとない……。
大きい肉包丁がほしいな。包丁研ぐ機械もついていることだし、少々大きくても手間にはならないはず。
よし、次は身の回りのものを新調しよう!
そう思って降りた星はそこそこ栄えていて、容易に鍛冶屋さんを見つけた。
なんとなーく入ったお店は、ほかのお店より小さめで看板がついてるだけのシンプルなところだった。
そのお店は外れのほうにあったため客が少なく、扉が開け放たれていて入りやすかったという理由もある。包丁見えたし。
ほかの店は強固な扉を開けなきゃ中に入れず、入ったら買わなきゃならなそうだったので二の足を踏んでしまったのだ。
入ってみると中は広く宝飾品も扱っていて、チルの目がキラキラ光を反射してた。
それを放置して刃物のほうを見てみると、先がとがった大きい包丁が飾ってあった。
あれいいな……いくらだろう。
「きれい」
「そうでしょうそうでしょう」
右側で聞いたことがある声がしてそちらを向くと、チルが店員に捕まっていた。
うわ、手をこまねいている店員って本当にいるんだな。
髪を後ろに撫でつけ、口元の髭がジェントルマン風に整えられている。
子ども相手なのに商魂たくましい。
換金はしてきたので買えるなら買いたいんだけど、私が欲しいのは包丁だ。
「これ! これかっこいい!」
トーガがそういって指差したのは小ぶりの刃物だった。
ナイフか……もう日常的に持たせてもだいじょうぶかな。
「うーん……。折らない?」
「折らない! 今度は折らない! 大事に使う!」
本当か?と思いながら値段を店員さんに聞いてみるとかなり高かった。包丁が。
持ってるお金と桁が違えばさすがにわかる。
ナイフは買えそうだけど、それだと本末転倒だしなあ。
悩んでいると、チルに服のすそを引っ張られた。
「どうしたの?」
「ここ、アクセサリー作ってくれるんだって。宝石持込で……だから、あの」
「宝石なんて持ってたか? 鉱石しかないぜ?」
「宝石じゃなくて」
真珠で、ネックレスほしい……。
もじもじと指を人差し指を擦り合わせる仕草がかわいかった。
いや、チルはかわいいのだよ。トーガと違って!
まあそれは置いておいて。
真珠と聞いて思い出した私はポンっと手を叩いた。
貰った真珠があった!
陸地がない海で覆われた星で出会ったキンメダイと人魚の夫婦。
お世話になったダイさん夫婦からもらった箱は玉手箱ではなく、中に真珠が入っていたのだ。
あの時は心臓が止まるかと思ったからね。
本当に玉手箱きたって。
でも中身は煙じゃなくて真珠だった。
薄く青みがかかっている白いそれはたくさん入っていて、別の意味でも驚いたもんだ。
なんで真珠?とそのときは真意が掴めなかったが、こういうときに売れってことだよきっと。
私はいそいそと店員さんにその箱を差し出し、買取してるか聞いてみた。
「ほう、真珠ですか。これまためずらしいものをお持ちで」
「買取できるのであれば、欲しいものがあるんですけど」
「少々お待ちください。それにしても久しぶりに見ましたな。ここらでは滅多にない代物です」
ならふっかけてきたら別の店に変えよう。
店員さんは手袋をつけ、丁寧に白い布の上に真珠を載せていく。大きさを確かめ表面を見たとき、わずかに髭が動いた。
〈かばん〉に入れていたから傷はついていないはず。
「この真珠はすべて換金されるのですかな?」
「え? いえ、アクセサリーにも変えて欲しいのですが」
「大きさに少々ばらつきはあるものの品物自体はよいものですので、加工代として真珠を上乗せしていただければできますし、もちろん買い取りもさせていただきます」
へー。連なるように加工してもらうネックレス代がおおよそ真珠5粒くらいか。安いな。私にとっては。
そう思うくらいたくさん入っていたのだ。箱にみっちりと。
「刃物類をお望みなら真珠と交換も可能です」
「じゃあこれ! このナイフは?」
トーガよ、早速過ぎる。
でも加工代と同じ真珠の数だった。
えっじゃあ包丁も買えるな!
大きい包丁は折れたら困るな、と二本。
ナイフも二人に選ばせ二本。
予備で2本。
「良く切れますよ!」と店員がすすめる包丁セットを二つ。
コレは衝動買いだったと認める。
あとおろし金と自分用のナイフ1本。
それを真珠で交換しても余ったので、
「うわあ……きれい」
大粒の真珠をペンダントにしてチルにあげた。地球に行くなら手土産も必要だろうと連ねてネックレスにしたものを5つ。
この数は万一いらなかったら売ろうと思ったからだ。
それでも少し余ったのでブレスレットを作ってもらい後はあげた。
手数料だ。
だってまだ換金したお金あるし、ネックレスのほうが高く売れるだろうし。
加工する間刃物や宝飾品の取り扱い方について教えてくれたし、町のどこに行けば欲しいものが手に入るのかも教えてもらった。
情報ってお金で買えないもんね。
待ってる間少ないながらもお客が途切れなかったし、そのお客さんたちは常連だった。
優しい人は飴くれて、双子の黒い頭を撫でていった。
だから店員がニコニコしていたのでかなり儲けたんだろうなとは思ったが、気にしないことにする。
「サーヤもペンダントにすればよかったのに。きっと似合うよ?」
お店をでて教えられた食料品店に向かって歩いているとき、チルは聞いてきた。
真珠が似合う子どもだといいたいのか? 老けてると? いやチルに限ってそんなことは言うまい。
「……もったいなくて着けていられないだろうから、いらないの」
答えると、チルはきょとんとして首を傾げた。
だって、真珠だよ? ずっと肌につけてたら磨り減りそうでもったいない。
一応自分用にしたブレスレットはあるけど〈かばん〉に入れっぱなしだ。
しかし過剰だったかなあ?
チルは首につけてから大層ご満悦で気がつけば大人用の鎖についた真珠を取り出して見とれているほどだった。
子どもにしては豪華な宝飾品なので隠すように言ったが、服の隙間から覗き込む姿はどう見ても怪しかった。
まあ、思い出の品だからいいかなと思ったわけで、似合う似合わないで買った物でもないしなあ。
「ぜんぜんわかんねー。白い玉のどこがそんなにいいの?」
お前はそうだろうよ。
それに白くないし! 青がかった白だし!
「オレのナイフのほうがかっこいい」
トーガは腰に下げた自分だけのナイフにご満悦だ。
折るなよ? お前に貸したナイフはすぐ折れるから今まで刃物はチルが持ってたんだぞ?
なんで父さんは刃物の使い方うまかったのにお前はそんなにクラッシャーなんだ。
「でもサーヤ、ナイフにひとつだけつけてるよね」
「コレはいいの。小さいやつだから。目印だから」
トーガを無視してチルが目ざとく私のナイフをさした。
そうだよ。
こそっと小さいやつをストラップみたいに加工して紐で柄に結んでるよ。
穴あけてもらっただけだから手数料かかんなかったさ。自作だ。
それぐらいはいいじゃないか。
ストラップのようなもんなんだから!
「わたしも欲しかった……」
「聞いたけど聞こえてなかったじゃない。それしか見てなかったでしょ」
しゅーんとなって歩くチルに、色違いの紐をしたストラップを目の前に掲げてみる。
作ってないとは言ってない。
人の話を聞かなかったからちょっといじわるしたのだ。
チルは両手でそれを受け取ると「ありがとう」と言ってふにゃりと笑った。くそかわいい!
「……ぜんっぜんわかんねえ」
トーガの言うことを聞き流しながら私たちは歩いた。
さあ次の目的は食料の調達だ!
腰にさしたナイフの柄には小さな真珠が歩く度に揺れていた。
