第一部旅編
第五章 地球
45 弱さ
修行をはじめて早一週間。
私はクッキーを焼いていた。
この星の人々は糖分をこよなく愛している。
なかでもアルカトランで貰ったジャムを載せたクッキーが一番喜ばれる。
お世話になるからと数多くの食べ物を渡したが、喜ばれたのは大抵菓子だったため、作って無差別に配っているのが現状だ。
なぜかって?
私のイメージアップのためだ。
一人でいるとここの人たちに毎回聞かれるんだ。
「今日は一人で大丈夫なの?」って。
大丈夫だよ!! ここに来た時は星と星で離れすぎててわからなかったけど、普通気配がわかる範囲にいればあんなふうに取り乱したりしないんだっつーの。
私は早々に【双子と離れると泣く姉】から【おいしいものをくれる人】にイメージを変更しなければならないのだ。
だから技を教えてくれるハンマさんはもちろん、声をかけてくれる人にもクッキーを渡して歩いてた。
牧場物語でもやってる気分になったのは否めない。
しかしクッキーの焼き方は上達せども、気のコントロールは全くできない。
教えてもらってもいまいち理解が乏しく、気を表に出すことはできなかった。
そろそろじれったくなってきた。
広場で4人座って修行していても、うち二人は眉を顰めながらいつもと変わらず自分との戦いで、チルだけが早くも気のコントロールをマスターし、ハンマさんと一対一で指導を受けている。
勘がいいのだろう。こういう感じだよーといわれたことに対してこんな感じ?みたいにすぐ気付く。
もともと気の扱いが優れていたチルは、複数の気の塊を出したりして修行している。
「チルは筋がいいね。一番気の扱いがうまいんじゃないかな」
そんなの見てればわかるがな。
私とトーガはほぼなにもできていないので、褒められているチルを見てるとちょっともやもやする。
「トーガは気負いすぎだよ。出せるなら出したらいいんじゃないかな? サーヤは感覚つかめてないでしょ? 空飛べるならできてそうなのに、なんでできないの?」
ハンマさんは心底不思議そうに首を捻った。
そんな事いわれても、空なんて簡単に飛べたから最初どうやって飛んだかなんてもう覚えてないし、気を表に出すやり方なんて必要なかったし。
トルシで空の飛び方を教える時だって気のコントロール云々を教えたわけじゃない。
ただ空を飛ぶにはこんな感じだというのを教えただけだから、気自体をどうこうするというのは全くわからないんだよ。
「こればっかりは自分でたどりつかないことにはなんとも。二人ともコツさえ掴めば早いと思うんだけどなあ……うーん」
ハンマさんは口をへの字に曲げてかくっと首を倒した。
だから、そのコツがよくわからないんだって。
使えないなあ、と思いながら集中する為に目を閉じると、隣からすっと立ち上がる気配がした。
「……やーめた」
横を向けば、トーガは頭の上で手を組んで歩き出そうとしている。
ちょ、ちょっとまて! どこへ行く!?
「オレ、遊んでくる」
早くもトーガがめげたようだ。
「早いよ! もう少しがんばろうよ!」
立ち上がってトーガの脇を掴んで引っ張ると「あっやめろ離せ」と腕をつかまれた。
くすぐったかったらしい。
脇は許さんと言わんばかりに力を込められてしまった。……痛い。
「トーガ、あきらめるの早い」
離れると入れ替わりにチルが袖を引っ張る。しかしトーガは振り払って俯いた。
「続ければできるようになるよ。そのうち」
ハンマさんは見かねたのか二人を見つつフォローするように言うが、効果は無い。
「一週間やっても無理だった。ならできない」
トーガは俯いたままぶっきらぼうそうに言った。
なにを言っている。
一週間で決め付けるなんて早いぞ?
「私だってできてないよ? すぐできるなんて思ってないし、ゆっくりがんばろうよ。そんなすぐにあきらめないでさ」
どうあっても三人で覚えたかった私は、トーガに言い聞かせるようにゆっくり話した。
三人で覚えることの重要性を話し説得しようとしたのだ。
しかし、トーガはそっぽを向いてこちらを見もしない。
「何回やっても無理なもんは無理。わかってんだ」
「まだ一週間しかたってないよ。トーガだってコツさえつかめばすぐにできる。簡単だもん」
チルが声をかければトーガは眉を顰め、口をへの字に曲げた。そして怒鳴り声を上げた。
「できねえっつってんじゃん!」
大きな声にびっくりして私は身を竦めた。
「お前はいいよ! 弾も作れるし、気配もわかるもんな! オレはできねーの! オレはただ力が強いだけで、相手の気配なんてよくわかんないし、空だって飛ぶの遅かったし! そういうコツなんてわかるわけねーだろ!」
「で、でも……」
トーガはチルに対して吼えるようにまくし立て、チルはおどおどと頭を弱く振る。トーガは視線を私に向けるとぎっと睨んだ。
「サーヤだってそうだ! オレ、自分のことだってうまくできねえのにっ! 何回やったって無理なもんは無理だっていってんじゃん! なんでオレに覚えさせようとすんだよ! オレなんか、いらないだろ!」
トーガは顔を険しくさせ吐き捨てる。
「いらないわけないじゃん。三人で覚えたほうがなにかあったときに安全だから」
「だから! オレが覚えなくても二人がいればいいだろ! オレなんかこん中で一番弱いんだから!」
仁王立ちで顔をくしゃっと歪めながら言い放ったトーガは、そのまま走り出して飛んでいってしまった。
「トーガ!」
チルが追いかけようとするのをハンマさんが止めた。
「ああなっちゃったらどれだけ言っても無駄じゃない? 落ち着いてから様子見に行ったほうがいいよ。ボクも気にして気配追ってるからさ」
「う、うん。ありがとう……サーヤ?」
チルに話しかけられても、私は呆然と小さくなっていく背中をただ見ていた。
トーガの最後にいった言葉が耳から離れない。
『こん中で一番弱いんだから!』
ナウネでオババに刺された時と同じような衝撃を受けた。
それくらい驚いたのだ。
一番、弱い?
三人のなかで一番力が強くて、すばやく、体力もあるトーガが?
嘘だろう?
チルはトーガよりも勘がいいだけだ。
それ以外はトーガに劣るし、気の扱い方もうまいだけなのに。
私だってただ〈壁〉が使えるだけだ。
不意打ちこそ強いかもしれないが、それこそトーガに叩かれまくったら声が途切れた時に容易く壊れるくらいの代物で、強さとしてはなんともいえない。
総合的に見ればトーガが一番強いというのがわかるのに、どうしてそんなふうに考えるんだ。
一番、サイヤ人らしいのに、弱いと思っているのか。
一番、父さんに似てるのに。
私は唇をかんだ。
なぜだか悔しくて悔しくて、耳の裏から後ろがじわじわと熱くなった。
「……今日はもうやめとこうか」
「サーヤ……」
ハンマさんとチルに声をかけられて、私は二人を見た。チルは泣きそうな顔をしている。
私は俯くと、ゆっくりと頷いた。
宇宙船に帰って、晩御飯を作り終わってもトーガの気配は近づいてすら来ない。
てっきりお腹がすけば戻ってくるだろうと思っていたのに、予想に反してトーガは帰ってこなかった。
探そうとすれば、トーガの近くにハンマさんがいるのがわかり、そこに飛べばトーガは逃げていってしまう。
まだ気まずいらしい。
「今日はボクが見とくから」そう言ってくれたハンマさんに甘えて、初めてチルと二人だけでご飯を食べた。
外はもう暗い。日は落ちて、すっかり夜だ。
そんな中、詰めたお弁当を持ってハンマさんのところにいくと、近くにいたトーガは私の姿を見るなりまた逃げた。
「いい加減にしろ! ご飯くらい食べに帰ってきなさい!」
小さくなる後姿にそう声をかけてもトーガは止まらなかった。
強情だな!
本当は落ち着いて帰ってきてから話をしようと思ったのに、逃げられたらそれもできない。
焦燥感とでも言うのだろうか。焦ったような気持ちになりながら私はトーガを追った。
早く訂正したかったのだ。
トーガは自分のことを弱いといった。
違うのだと、そう思うのは間違いなのだと。
サイヤ人の、父さんの子どもなのだから、弱いわけがない。
トーガがいなかったら私たちは無事に生きてここまで来れなかった。
一番サイヤ人らしいトーガが、顔を歪めながら自分のことを弱いと言った事が、我慢ならないくらい悔しかった。
だからだろうか。
もどかしさを抱えた私は、それを伝えようと少しだけ意地になっていた。
「トーガ!」
追って飛んでいたらハンマさんが突然目の前に現れ、「サーヤ、だめだ」と私を止めた。
日が落ちて暗くなった私たちを近くの建物の光が淡く照らす。
その灯りで照らされたハンマさんは神妙そうに口を開いた。
「あのさ、瞬間移動もそうなんだけど……トーガは、覚えられないと思う」
◆用語説明◆
牧場物語……農場シミュレーションゲーム。住民に毎日贈り物をして好感度を上げる。
