47.焦げたフライパン

第一部旅編

第五章 地球

47 焦げたフライパン

 ヤードラットの人にせっせとお菓子を貢ぎ、修行して、お弁当作って、修行して、たまに食料獲りに行って、修業する。

 そんな毎日に慣れたころ、なんとなく気の感じがつかめてきた。
 更にコントロールできるようになって、じゃあいよいよ瞬間移動の技を覚えようとしたとき、その難しさに鼻血が出そうになった。
 気を察知しつつ自分の気を体にまとわせ収縮させるようにイメージする。
 そうハンマさんは言うが、簡単にできそうもない。

 なぜ悟空さんとチルはできるようになったのだ。

 疑問に感じるくらい難しいものだった。
 悪戦苦闘しつつ、チルにも教えてもらいながら修行すれば、いつの間にか一ヶ月ほど時間が過ぎていた。

 トーガはあの日から帰ってこない。
 ハンマさんは「よほど竜と気が合った様で、片時も離れず一緒に暮らしてる」とまで言っていた。
 私は、にわかには信じられなかった。

 気まずくなっているんじゃないだろうか。
 迎えに行ったほうがいいのではないだろうか。

 でも……なんと言って連れ戻せばいいんだ。

 そんな風に頭を悩ませていたある日。
 いつものように晩御飯の支度をしていたら、ふと気がついた。
 あたりはすっかり夕方で、宇宙船の窓からは紫色の光が部屋の中を照らしている。
 私はたまらず外に出た。
 太陽が沈みそうなその光の中に影がある。
 影はこちらに向かって飛んできて、地面に降りた。

「あっサーヤ」

 声を出したのはチルだ。
 チルは毎日怪我をして帰ってきた。
 それでもソタ豆を食べようとせず、毎日新しい傷を作って帰ってきては私に瞬間移動の仕方を教えた。
 今日も酷く薄汚れて歩いてくるその隣に、久方ぶりに見る姿があった。
 その姿を見たとき、鼻の奥がツーンとなる。

「……なに泣いてんの?」

 トーガだった。
 会うのはあの日以来。生まれてからこんなに長いこと離れたのは初めてだった。
 まだ泣いてなかったけど、声を聞いた途端に涙がこみ上げてくる。
 チルと似たような格好になっているトーガは瞬きを数回した後、へらっと笑った。

「あ、寂しかったのか? しょうがないなーサーヤは」

 私は眉を寄せた。その拍子に目じりから水が伝った。

「……元気そうだね。とっても」

 応えればトーガはなんだか得意げな顔になって言った。

「おー。竜と仲良くなって遊んでた。だからごめんな? 帰んなくて」

 手のひらを顔の前に出してごめんのポーズをするトーガは、まるで小悪魔のような表情をしつつ猫のような目を上目遣いに変える。
 まるで『メンゴッ』って聞こえてきそうなぶりっ子謝罪だ。

 私の視界はゆがんだ。……目を細めたからだ。

 こっちは毎日胃が痛くなるくらい悩んでいたというのに。

「まさか泣くほどだとは思ってなかったんだ。そっかそっか、サーヤは寂しがりやだなー」

 思っていた以上に平気そうに軽口を叩く生意気な弟に、腹の下からふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 私はその湧いた怒りを溜め込むこともなく吐き出した。

「……この馬鹿!」

 本当は殴りたかった。しかしこの石頭を叩いたら私の手のほうがダメージを負ってしまう。
 だから私は歌った。
 〈氷礫〉を作り出し、トーガの頭に落としたのだ。

「いて、痛、おい! いっ」

 ひとつふたつじゃない。そんなもんでは足りない。
 いくつも作り出した〈氷〉は容赦なくトーガの頭上に落ち続けた。

「……心配させたんだから……ええっとなんていうんだっけ。自業自得?」

 こてんと首を傾げるチルに「あってる」とだけ返してまた歌った。

「ご、ごめん! ごめんってば! やめて!」

 焦った声を掻き消すように、ごとごとごとと音を立ててトーガの周囲に〈氷礫〉が転がっていく。
 まるで私の気持ちそのものをあらわしているかのように、〈氷礫〉はトーガの体の周りに積みあがって固まった。
 その姿は氷のピラミッドのよう。
 頭だけちょこんと出したトーガの顔は必死だ。
 そんな様子にようやっと私は歌うことをやめた。

「……覚えろとはもう言わない」

 言えば喉から出た声は少しかすれていた。

「ちゃんと帰ってきてご飯食べて。弁当詰めるのめんどくさい」
「あ、ご、ごめん」
「肉も野菜も減ったから獲ってきて。私忙しいから血抜きと解体全部やって」
「ええ? ……は、はい」
「トーガがいない間寝室のシーツ干したくてもできなかった。洗濯して乾かして」
「えええ!」
「チルはご飯支度も皿洗いも掃除も手伝ってくれたから今日からお前やれ」
「そこまで!? ひでーよ! オーボーだぞ!」
「おかえり」
「オレだって、あ?」

 見ればトーガは目を瞬いている。
 もう一度言えばぱっかり開いていた口はきゅっと閉じた。

「返事!」
「ただいま……ねえサーヤ、宇宙船、煙でてるけど」

 トーガの返事を待っていたのに、返ってきたのはチルの思ってもいなかった指摘だ。
 振り向くと確かに白い煙が出ている……。
 まるでネコ型ロボットと一緒にいる冴えない少年のように私は飛び上がった。

「火い! 止めてない!」
「ええっ!」
「おい!」

 あわてて宇宙船に乗り込めば逃げ出そうとしたのか飛んで来たシロとぶつかりそうになり、それを避ける。
 キッチンに駆け込めば、フライパンから黒い煙が出ているではないか!

 悲鳴をあげながらコンロを消そうとしたら熱源はすでに消えていた。安全装置が働いたらしい。
 ホッと息を吐けば、「煙くさい」というチルの声が聞こえてきた。

 火事にはならなかったけれど、煙の元は残っているわけで。
 フライパンをのぞけば焼いていたものは炭になっている。
 ……やってしまった……。
 炭にだけはするまいとはるか昔に心に決めていたのに。

「あああー。新品のフライパンが」
「サーヤはうっかりさんだね」

 チルと換気する為に宇宙船の窓を全開にしていくと、いつの間にか〈氷〉から抜け出していたトーガがシロを抱えて宇宙船に乗った。

「うわ煙くさ………………た、ただいま……」

 文句を言いながら挨拶を返すトーガは口を少しだけ尖らせている。

 もう日は沈んでいた。
 暗くなった室内は勝手に明かりがついて、赤茶けた髪を鮮明に照らす。

「おかえり」

 私とチルが改めて言うと、トーガは鼻の横をかいてそっぽ向いた。

「腹減った。……まさか全部煙臭いなんていわねーよな」
「さあどうだろう」
「うそだろー!」
「先にお風呂はいるね」
「あ! オレもはいる!」

 ドタドタと駆け抜けていく足音と、ぎゃあぎゃあ言い合う声で一気に騒がしくなった船内はさっきまでとまるで雰囲気が違う。
それに無意識にほっと息を吐いた。

 帰ってこないかと思っていた。けど帰ってきた。

 それに安堵して、その拍子にまた涙がこぼれた。
 拭って腕まくりをし、気合を入れると焦げたフライパンを洗うことにする。

 いつもより多く料理を用意して食卓に並べればそこは前と変わらない光景だ。
 食べ始めれば双子はよく食べて、取り留めのないことを話して、三人で笑う。
 長く離れていたはずなのに違和感なんてなかった。
 双子の空になった皿に料理を盛り付けながら、私はいつもと同じように果物を齧った。

 ――それから毎日、トーガは朝になるとチルとともに家を出た。
 トーガはチルに竜の星に送っていってもらっているようで、お昼前には帰って来る。そして再度家を出る。
 そして夕方にチルとともに帰って来るのだ。〈かばん〉の中に言ったとおりの物を入れて。

 ハンマさんの狙い通り、トーガは大きい竜と喧嘩ごっこをして遊んで、それまで貯めていたストレスを発散しているようだ。
 毎日笑いながら帰ってきて、よく食べて寝る。
 子どもらしく遊んで服を破いて帰ってきたり、傷を作って痛そうにしていることは日常茶飯事だった。

 チルもいつしかそれに加わり、シロさえも連れて行ってしまうようになったため、私は一人でハンマさんと修行することになってしまった。

 ぶっちゃけると、寂しいうえに面白くない。

 毎日の食卓で楽しそうに話している双子がうらやましく、なんだか仲間はずれにされているような気がするのだ。
 私だってコミュニケーションがとれる竜がいるなら見てみたい。仲良くなりたい。
 ハンマさんと二人きりでうんうん唸っていてもなにも面白くない。
 まあなんだ。話しについていけないのが寂しかったのだ。

 だから私はさっさと覚えてしまう為にがんばって修行することにした。
 でも結局、私が瞬間移動を覚えたのはヤードラットについてからおおよそ一年半後だった。


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